2025年4月26日から9月15日にかけて、豊島区立郷土資料館では戦後80年収蔵資料展「変わりゆく日常―区民が遺した戦争の記憶―」が開催された。展示の構成は以下のとおりである。

第1章 忍び寄る戦争の足音
第2章 戦意高揚の中で
第3章 変わりゆく日常の果てに
第4章 終戦から日常へ
特別コーナー 画家が見た日常
レファレンスルーム「4・13根津山小さな追悼会」パネル展示

第1章では、太平洋戦争が始まる前の民衆の生活を中心とした展示となっている。とくに注目されるのは『少年倶楽部』という子供向け雑誌の内容であろう。満洲事変の翌年にあたる昭和7年(1932)刊行のものですら、表紙が少年兵となっている。

「戦争に巻き込まれる民衆」という文脈でみる場合、日本史ではアジア・太平洋戦争末期の空襲が取り上げられることが多い。そのため、満洲事変から日中戦争までは政府が勝手にやっている戦争で、アジア・太平洋戦争で劣勢になったことで民衆が巻き込まれるようになったというイメージを持つ人も出てくるかもしれない。しかし、考えてみれば当然のことだが、アジア・太平洋戦争はおろか、日中戦争も始まる前から国民たちは戦争に巻き込まれていたのであり、それは子供たちも含まれていたのである。

また、雑誌というメディアが世論を形成し、戦意高揚に使われていた点も見逃せない。昨今、TikTokやXなど、多様化したメディアを駆使してデマを拡散し、それに影響されてか、極端なナショナリズムを標榜する候補者が数多く当選してきている。約100年前の“失敗”を繰り返さないためにも、情報リテラシーを高めることの大切さをあらためて実感した。

第2章ではアジア・太平洋戦争が始まる直前から、空襲が激化する直前までの資料が展示されている。このなかで筆者が興味を持ったのは、昭和15年に開催された紀元二千六百年祝典の関連資料である。大河ドラマ『いだてん』でも描写されていたが、この年に東京オリンピックが計画されていたことはある程度、知られているだろう。

しかし、あまり知られていないが、実はこの年には日本万国博覧会も計画されていたのである。こちらも東京オリンピックと同様に、結果的には中止となっているが、配布された入場券などが展示されており、直前まで計画が動いていたことがうかがわれた。なお、入場券は昭和45年の大阪万博、平成17年(2005)の愛・地球博、令和7年(2025)の大阪・関西万博でも使用可能とのことである。

第3章では、空襲の激化によって変化する民衆の生活を描いている。空襲の被害を防ぐために防空壕が使われたことは有名である。しかし、実際に防空壕がどれだけ防げていたのかは、あまり知られていないのではないか。

たしかに、火災などは防空壕にいればある程度、防げたのは事実である。しかし、防空壕の扉は防火扉ではまったくなく、単なる木材の扉である。したがって、防空壕の入口付近で爆弾が爆発した場合、普通に扉は壊れて中の人には被害が出るし、仮に扉は壊れなかったとしても、中はそのまま蒸し焼きになってしまってやはり被害が出るのである。こうしたことは、文献史料からではなかなか読み取ることができない情報であり、考古資料によって判明する内容といえる。

また、空襲を避けるために行われた学童疎開についても、分量を割いて展示していた。学童疎開というと、一般的には学校単位で地方に避難する集団疎開をイメージする人も多いだろう。しかし、日本で行われた学童疎開のうち、集団疎開が占める割合は約半分にすぎない。残りの半分は、地方にいる親戚や知人宅に避難する縁故疎開である。

そして、優先的に行われたのは縁故疎開であり、集団疎開は縁故疎開ができない児童のみが対象となったのである。まさに、自助→共助→公助という価値観に基づいた政策だったのである。学童疎開は「児童の命を守る政策」という点で、(現実は別として)理念上は昭和戦前期の政策のなかでは数少ない民衆のための政策に分類されるといってよい。しかし、その理念ですら、なるべく自助に頼って政府の負担を軽くすることを考えていたことは、けっして等閑視されてよい事実ではないだろう。

第4章では、敗戦後、復興していく日本と民衆の生活の向上がテーマとなっている。とくに、雑誌『主婦之友』の展示は、第1章で取り上げられていた雑誌『少年倶楽部』との比較対象となっているように見受けられた。。

また、特別コーナーでは豊島区の戦災を描いた絵画が展示されており、レファレンスルームでは、以前みのりむ氏がゆまにすとで取り上げた「4・13根津山小さな追悼会」のこれまでの流れや写真が展示されていた。

全体として、80年前の豊島区で実際に起こったことを展示する内容であったが、さまざまな部分で今現在起こっていることに通じるものを見出すことができた。歴史は「現在と過去のあいだの終わりのない対話」(カー2022)である。80年前のできごとを単に批評するだけではなく、現在の我々がよりよい社会を形成するために生かしていくことこそが、歴史学の社会的意義であるとあらためて感じさせる展示であった。

【参考文献】
E・H・カー、近藤和彦訳『歴史とは何か 新版』(岩波書店、2022年)