1.本書の構成と内容
本書は、還暦を過ぎた歴史学者・本郷和人氏による自叙伝である。これまでたくさんの書籍を出すだけではなく、大河ドラマ『平清盛』で時代考証を務めるなど、さまざまな場で活躍してきた本郷氏は、「「歴史」ではなく「歴史学」「歴史学者」の本当について一般の読者にわかりやすく伝える」必要性を感じ、本書を執筆したという。以下、本書の構成をみていきたい。
はじめに
第一章 「無用者」にあこがれて
第二章 「大好きな歴史」との訣別
第三章 ホラ吹きと実証主義
第四章 歴史学者になるということ
おわりに
はじめにでは、本書の目的と本郷氏の本職である東京大学史料編纂所の職務について大まかに記されている。
第一章では、高校生までの本郷氏についてまとめられている。本郷氏は、小学生のときから偉人伝を読みあさり、歴史に興味を持っていた。中学受験を経て武蔵高等学校中学校に進学した本郷氏は、民族文化部に入部し、歴史への興味・関心をさらに深めていく。そのようななか、唐木順三『無用者の系譜』(筑摩書房、1954年)を読んだ本郷氏は、無用者に憧れていく。このあたりは、1人の人物の伝記として、素直に楽しむことができる部分である。とくに、男子校の中高一貫校に進学し、部活で歴史に触れるというのは私自身の人生に被る部分でもあり、非常にシンパシーを感じた。
第二章では、東京大学に入学して学問としての歴史に触れた本郷氏が、それまでの物語としての歴史から離れて研究者の道に進んでいく。唯物史観が隆盛していた当時の歴史学のあり方や、歴史学と歴史叙述の違いが具体例とともに端的に説明されており、歴史学にあまり触れたことのない一般読者からすれば、「歴史学とは何か」を知るまたとない機会といえる。本郷氏が本書を記した目的の1つはこの章にあるといっても過言ではないだろう。この章では、本能寺の変における四国説をはじめとして、近年の研究成果についても触れられている。本郷氏が近年の研究成果を追えていることは意外であった。本郷氏は、ときに学界でまったく支持されていない、学説と呼ぶことすらできない珍説をメディアで紹介することがある。これまでは、本郷氏がほんとうにその説に信憑性があると感じているのか、それとも学術上は否定されていることを理解したうえで、メディアの歴史は娯楽であるから信憑性よりもおもしろさを優先してその説を紹介しているのか不明であった。しかし、本書によって後者であることが明らかになったといえる。
第三章では、本郷氏の大学院での経験について記されている。歴史学で大切とされる実証主義的なアプローチや、単純実証ではなくその時代の全体像を解明する必要性などについて説明されている。詳細は後述するが、この点が現在の歴史学について本郷氏が疑問を抱いている点につながってくるのであろう。また、自叙伝という側面からいえば、「無用者」という単語に対する本郷氏の評価が変わってきているところは見逃せない。前述のとおり、本郷氏は高校生時代から「無用者」に憧れており、これまで「無用者」という単語には積極的な意味づけがなされていた。しかし、小泉恵子氏(現東京大学史料編纂所所長)との交際のなかで、「資本主義が幅を利かせるこの現代社会において「無用者」って通用するんだろうか」と疑問を抱きはじめる。さらに、編纂所の公募をみた本郷氏は、このまま無職でいつづけると「自分は小泉恵子にとっても無用者になってしまう」と、「無用者」という単語を初めて消極的な意味で用いる。こうして無用者をめざすことをやめた本郷氏は、これまでとは一転して立身出世にこだわるようになっていく。このあたり、「「無用者を気取っていたくせに、立身出世を気にするのはおかしいではないか」という読者諸氏のお叱りの言葉が飛んできそうである」と、本郷氏自身もその価値観の変化を認識しているようである。これについては、極端だとは感じるものの、人間はさまざまな経験によって価値観が変わるものであるから、けっしておかしいとは思わない。
第四章では、現在の本郷氏の歴史学に対する考え方や、活動のスタンスが記されている。はじめにでは、歴史学について一般向けに解説することが本書の目的であるとしているが、一読した限りでは、この第四章こそが本郷氏のもっとも主張したい部分であろう。すなわち、本郷氏の言動は多くの歴史学者から批判を受けているが、本郷氏にとっては熟慮のうえでの言動であり、むしろ批判してくる歴史学者こそが何も考えていないのではないかと。そのうえで、本郷氏は自身の今後の目標として、「「一つの国家としての日本」に対する疑問」「実証への疑念」「唯物史観を超えていく」の3つの柱をあげている。そして、この3つの柱を成し遂げるために本郷氏が注目しているのが、社会学の理論の一つである構造主義だという。2000年代以降の日本史研究では、緻密な実証によってさまざまな事実が明らかになってきている。こうした実証の積み重ねによって唯物史観が成立しないことはすでに自明といってよいが、一方で唯物史観に代わる歴史哲学・歴史理論を構築できていないという課題が指摘されていることもまた事実である。本郷氏は、現代の日本の歴史学の課題に真正面から挑もうとしているのであり、その成果が待ち遠しいところである。
おわりにでは、これまでの人生、とくに最後の3つの柱を踏まえて、「歴史学の魅力について、新しい枠組みをつくり、わかりやすく伝える、社会に還元する」活動をしていきたいとしている(本人は「ヒストリカル・コミュニケーター」と称している)。近年では、戎光祥ヒストリカルセミナーのような歴史学者を呼んだ一般向けの歴史講座だけでなく、小和田哲男氏(戦国小和田チャンネル)や呉座勇一氏(春木で呉座います。)がYouTubeで歴史解説をするなど、歴史学のアウトリーチ活動は格段に増えてきている。はからずも、「ゆまにすと」は学術アウトリーチ活動の一端を担うことを目的としている団体である。人文科学は、しばしば「虚学」と称される。しかし、大学という公共機関のなかで歴史の研究をしていく以上、歴史学が学者のなかで完結するのではなく、より広い視点で活用されるように働きかけていく必要があるだろう。また、こうした点は歴史学に限らず、人文科学全体の課題といえるだろう。
2.本書の成果
本書における最大の成果は、なんといっても本郷和人氏自身の来歴と、本人の考え方を1冊の書籍にまとめていることである。歴史学で研究対象とするのは史料(とくに文献資料)である。逆にいえば、史料がまったくないテーマは歴史学の研究対象にはなりづらい。また、ある程度史料があるテーマであったとしても、自分の知りたいことが記されている史料がなく難儀するということは、少なからず直面する課題である。日本では、管理・保存をする仕組みはほとんど整っておらず、平成21年(2009)にやっと公文書管理法が成立したばかりである。
こうした課題に日々直面する歴史学者が自叙伝というかたちで自分自身についてまとめることは、アーカイブズ学的な側面から非常に大切なことといえる。とくに近年、磯前順一『石母田正 暗黒のなかで眼をみひらき』(ミネルヴァ書房〈ミネルヴァ日本評伝選〉、2023年)が出版されるなど、歴史学者そのものが歴史学の研究対象になってきている。仮に50年後、100年後に人物叢書『本郷和人』が企画されることになったとき、その著者は必ず本書を参考文献にあげることになるだろう。
また、戦後日本の歴史学の歩みについてまとめていることも重要である。戦時中の皇国史観から、その反動で社会主義が流行するなかで1950~1960年代には唯物史観が広がっていく。しかし、学生運動の挫折や新左翼の過激化などを経て唯物史観が退潮すると、1970~1980年代には民俗学・文化人類学の影響を受けた社会史研究が流行していく。歴史学者にとってこの流れは当たり前のものであるが、一般に膾炙しているものではない。このような状況で、新書という手に取りやすい媒体で日本の史学史をまとめていることは評価に値するだろう。
とくに、歴史学が「非常に時代の空気や世の中の雰囲気に影響されやすい学問」であるという指摘は、カーの言う「歴史とは、歴史家とその事実のあいだの相互作用の絶えまないプロセスであり、現在と過去のあいだの終わりのない対話」(カー著・近藤訳2022)に通じるものであろう。ただし、本書では歴史が世の中の雰囲気に影響されている事例を具体的に示してはおらず、学生運動や新左翼などを経験していない40代以下の読者にとっては想像しにくいことであろう。そこで、一人の人物に対する評価の変遷を通じて、歴史学と世間との関係をみていきたい。
ここで取り上げるのは、日本史上もっとも有名な人物といっても過言ではない、織田信長である。戦後の日本で広く受け入れられている信長のイメージは「革命家」「合理主義者」といったもので、批判されがちな日本的経営を打破するという論調のなかで「現代にこそ信長の考え方が必要である」などと言われることもある。しかし、こうした評価は近年の研究ではほとんど否定されており、「戦国時代の「正義」を貫」いた人物、つまり常識人であるという評価が受け入れられつつある(柴2020)。一方で、戦前においては幕府を開いた源頼朝・足利尊氏・徳川家康との対比で、幕府を開かなかった信長・秀吉は「朝廷を保護した忠臣」と解釈された。
このように、時代ごとに信長に対する評価はまったく異なるのである。あえてその共通点を探すならば、信長にはそれぞれの時代の理想が反映されているということである。すなわち、皇国史観では勤皇家とされ、唯物史観のなかでは革命家とされ、現代では「正義の人」とされているのであり、いずれの時代においても「信長のような人物がすばらしい人物である」と評価されていたという点については共通している。これが、「非常に時代の空気や世の中の雰囲気に影響され」ているということである。
ほかにも、知識偏重型で一方向的な授業に対して疑問を抱き、「生徒が考える教科書」を平成22年頃からすでに志向しはじめていることは、平成29年に告示された学習指導要領における「主体的・対話的で深い学び」の嚆矢の一端と捉えることができよう。
ただし、本書では平成22年当時の学校教育のあり方と、それに対する本郷氏の疑問しか記されていない。これでは、あたかも現在も同じような教育方針が貫かれていると読者に誤解されかねない。実際には、前述のとおり学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び」が導入されている。これは理念上の変化に留まらず、評価規準が従来の4観点から「知識」と「技能」が一つになって3観点になったことで、「思考力・表現力・判断力」の占める割合が相対的に上昇している。また、学習指導要領の改訂にあわせて教科書の記述にも変更が加えられており(津島2024)、現場の授業にも変化がみえはじめている。以上のような近年の教育改革についても触れてほしかったという気持ちは拭えない。
しかし、この点は些末な問題にすぎない。そもそも、本書は日本の歴史教育に対する提言が主題なのではなく、あくまでも歴史学が主題である。そのなかで、歴史教育に割ける分量は限られてくるのは仕方がないことである。結果的に本郷氏の企画した教科書は実現しなかったが、本郷氏が抱いていたような疑問を持つ人はほかにも確実に存在しており、その結果が近年の教育改革につながっていることは間違いないだろう。
【参考文献】
柴裕之『織田信長 戦国時代の「正義」を貫く』(平凡社〈中世から近世へ〉、2020年)
津島聖也「歴史教科書にみる歴史学の時代像と歴史実践の在り方――歴史の主体(アクター)とは誰か」(『歴史研究』719号、2024年)
E・H・カー著、近藤和彦訳『歴史とは何か』(岩波書店、2022年)
【付記】 本稿は河内守義親「書評 本郷和人著『歴史学者という病』」(『月報街を歩く』#3、ゆまにすと、2023年)を再録、一部訂正したものである。







