本書の内容
本書は「戦国大名の新研究」シリーズの第4巻として刊行された書籍である。このシリーズは、近年細分化の傾向を強めている戦国史研究と、最新研究の成果をまとめた一般書の中間に位置づけられるものである。一般書と異なり論文の形式をとることで、根拠となる史料を示しながら研究動向を概説し、今後の研究課題を示すことが可能となっている。その分野の最新研究を勉強するのみであれば一般書で十分であろう。しかし、自分でも研究してみたいという方(とくに卒業論文で戦国時代をテーマにしたいという学部生)にとっては、個別の論文を読む前に本シリーズを読んでおくことで、研究の論点を見出しやすく、また参考文献を探す際のガイドブック的な役割を果たしてくれるものである。
これまでの本シリーズは『~とその時代』というタイトルで、今川義元・北条氏康・徳川家康の内政・外交などの諸論点をまとめたものになっている。これに対し、本書はタイトルが『~とその一族』となっており、上杉謙信本人の事績・動向をまとめたものではなく、謙信の家族と越後の上杉氏・長尾氏の庶流についてまとめたものになっている。以下、目次を確認したい。
第一部 謙信の父母と兄弟姉妹
Ⅰ 長尾為景 黒田基樹
Ⅱ 為景の家族――兄弟姉妹・妻・子どもたち 今福 匡
Ⅲ 長尾晴景 前嶋 敏
Ⅳ 仙洞院 福原圭一
コラム 謙信の妻 黒田基樹
第二部 謙信の養父と養子
Ⅰ 上杉憲政 森田真一
Ⅱ 上杉景勝 阿部哲人
Ⅲ 上杉景虎 黒田基樹
Ⅳ 上条政繁・畠山義春(義明) 田嶋悠佑
Ⅴ 山浦源五と山浦上杉家の系譜 片桐昭彦
Ⅵ 佐野虎房丸 新保 稔
コラム 上杉謙信の養子・養女について――中条景資室に関する検討 前嶋 敏
第三部 越後の長尾・上杉一族
Ⅰ 府内長尾家の人びと 前嶋 敏
Ⅱ 古志長尾家の人びと 広井 造
Ⅲ 上田長尾家の人びと 森田真一
Ⅳ 上条上杉氏一族と長尾景虎(上杉謙信) 片桐昭彦
Ⅴ 琵琶島上杉氏の人びと 伊藤啓雄
コラム 山本寺上杉氏の動向 田中洋史
各章のタイトルに人名・家名が付されているため、それぞれの主題は明らかであろう。詳しい内容については、ここで紹介してしまっては新刊紹介の意味をなさないので、実際に本書を確認していただきたい。今回は、本書を読んだなかで個人的に興味を持った論点についていくつか記していきたい。
権威の問題
第一部Ⅰの「長尾為景」では、為景が下剋上を完了させられずに最後まで越後守護上杉氏を上位に擁立することで権力を維持していたことが記されている。このこと自体は、著者の黒田氏の旧刊である『下剋上』(講談社、2021年)などでも指摘されているものであり、新しい内容ではまったくない。このような前時代的な権力の擁立というのは、これまで足利氏・足利一門を対象に研究が進んでおり、「足利的秩序」として概念化されている(谷口2019)。
ただし、上杉氏は藤原北家勧修寺流であり、源氏ではないから足利一門には該当しない。ここで、足利一門ではないにもかかわらず擁立されている、というところは注目される点であろう。当然、守護家であるから擁立されているのだということは容易に想定できるが、実はこれまで戦国時代の守護については、権力面から「戦国期守護」という学説が提唱されてはいるものの(川岡2023など)、血統・権威についてはあまり議論されてこなかった。
こうした論点は、本書第二部Ⅰの「上杉憲政」でも示されているものである。上杉憲政は永禄4年(1561)に謙信に関東管領職を譲って以降、政治生命を終えた存在としてほとんど議論の俎上にあがることはなかった。しかし、本稿によればそれ以降もさまざまな影響力を持っており、天正6年に発生した御館の乱でも中心的な人物だったとされている。このような、関東管領職・守護職といった室町時代の体制に依拠する権威というものは、今後論点となっていくだろう。
また、越後守護上杉氏は戦国大名化、つまり領域権力化しているという指摘がある(丸島2021)。従来、中近世移行期の政治史においては、明言されてはいないものの戦国大名=権力的=近世的と足利氏=権威的=中世的というイメージのもとで、前者が後者を克服していくという歴史観があったように思われる。前述のように、越後守護上杉氏が守護家だから擁立されているとする見方は、中世的権威に引きずられているものである。越後守護上杉氏が領域権力化している以上、守護家としてではなくて、戦国大名として血統・権威を位置づける必要があるのではないか。
この点、当たり前だが本能寺の変後に織田三法師(のちの秀信)が織田家当主となって織田信雄が名代として天下人を務めたり、秀吉死後に羽柴秀頼が当主となって、徳川家康(秀吉の義弟で秀頼の義祖父)が名代として天下人を務めていることは、まさしく織田家・羽柴家の血統によるものである。しかしながら、このような側面からの研究はあまり進展していない。今後は戦国大名・織豊政権の血統・権威というものも検討する必要があるだろう。
戦国大名家の一門の位置づけ
本書では、タイトルが示しているように、長尾上杉氏の権力において当主・謙信の一族がどのような位置づけにあったのかを考察するものである。とくに、謙信の前代を扱っている第一部は別として第二部・第三部は謙信時代の記述に一定の分量が割かれている。
当主の一族が戦国大名権力を支えるという構図は、小田原北条氏を事例として研究が進んでいる(黒田2023aなど)。というより、そもそも戦国大名の権力構造は小田原北条氏のあり方を基本として研究が進展しているから、一族のあり方も同様なのはある意味、当然といえる。ほかにも、毛利輝元を叔父の「両川」吉川元春・小早川隆景が支えていたという話は有名であろう。このように、当主を一門が支えるという構造は、戦国時代に全国的にみられるものであろう。ところが、彼らについての研究はあまりなされていないように思われる(そもそも当主の研究があまり進んでいない戦国大名も存在するので仕方ない面でもあるが)。
ところで、周知のように上杉謙信には実子がいない。そのため、多数の養子を取っており、本書第二部では彼らについて詳細に分析されている。このような家のあり方は、羽柴家にも類似するものといえる。羽柴秀吉も長年、実子に恵まれず、信長の子の秀雄や甥の秀次を養子としている。なお、羽柴氏の一門については、ちょうど翌月に本書と同じ戎光祥出版から再録論集が刊行予定となっている。
一方、江戸時代には、親藩は将軍職を狙う野心を持っている可能性があるため、幕政からは排除された――と学校教育では習うが、実際には少々異なっている。たとえば、4代将軍・徳川家綱を支えた叔父の保科正之、8代将軍・徳川吉宗の孫で寛政の改革を主導した松平定信、文久の改革によって将軍後見職となった一橋慶喜、政事総裁職となった松平慶永など、一門でも幕政に関与している人物は一定数存在する。これらの個別の事例については検討されてはいるものの、上記の親藩に対するイメージが先行しており、これらの事例はあくまでも例外とされているように思われる。
今後は、戦国大名・近世大名などの一族の研究を通じて、政治史を見ていく必要があるだろう。
奥向構造
近年、戦国大名の奥向の研究が進展しつつある(黒田2023b)。本書でも、第一部Ⅱで為景の妻妾について触れられており、第一部コラムではこれまで妻がいなかったとされた謙信に妻がいたのではないかという新説が紹介されている。ただし、戦国時代には「側室」が別妻と妾に区別されていたことが明らかになっているが(福田2022)、ここではその違いにはあまり着目されていない。
また、第一部Ⅳでは長尾時宗丸(のちの義景か)の死後に仙洞院(近年の歴史学における女性の呼称に従えば「仙洞院殿」とするのが適切か)が上田長尾氏の当主になっていた可能性が指摘されている。当主不在時に、(前)当主の正妻が権限を代行する事例は全国的に確認でき、黒田氏によって「おんな家長」と概念化されている(黒田2021)。当該書籍で、黒田氏は寿桂尼・浅井茶々「おんな家長」の事例を多数取り上げて分析しているが、このなかに仙洞院は含まれていない。
こうした点は史料的な制限があって厳しい側面もあるだろう。しかし、史料が少ないからこそ、全国の戦国大名・国衆の奥向の事例を丹念に収集して、最大公約数的にこの時代の奥向の構造を示すことが求められるであろう。
今後の上杉氏研究への展開
以上、ここまで筆者が本書から見出した論点についてつらつらと書き並べてきた。最後に、上杉氏研究についてまとめて本稿を閉じたい。
これまでも触れているとおり、本書はあくまでも謙信の一族についてまとめた書籍であり、謙信そのものを対象としているわけではない。では、代わりになる書籍が存在するかというと、必ずしもそうではないだろう。謙信に関する一般書は、今福匡『上杉謙信 「義の武将」の激情と苦悩』(講談社、2018年)、山田邦明『上杉謙信〈人物叢書〉』(吉川弘文館、2020年)、今福匡『図説 上杉謙信 クロニクルでたどる〝越後の龍〟』(戎光祥出版、2022年)などがある。
しかしながら、個別の論点に注目して、研究動向を概説するようなものは管見の限り存在しない。同じシリーズで同じ人名をタイトルに入れるのは厳しいところもあるかもしれないが、ぜひとも『上杉謙信とその時代』を期待したいところである。
【参考文献】
川岡勉『戦国期守護権力の研究』(思文閣出版、2023年)
黒田基樹『戦国「おんな家長」の群像』(笠間書院、2021年)
黒田基樹『増補 戦国大名 政策・統治・戦争〈平凡社歴史文化ライブラリー〉』(平凡社、2023年a)
黒田基樹「戦国大名家女性研究における諸問題」(『駒澤大学大学院史学論集』第53号、2023年b)
谷口雄太『中世足利氏の血統と権威』(吉川弘文館、2019年)
福田千鶴『大奥を創った女たち〈歴史文化ライブラリー549〉』(吉川弘文館、2022年)
丸島和洋『東日本の動乱と戦国大名の発展〈列島の戦国史5〉』(吉川弘文館、2021年)







