講談社/2025年6月刊/新書判/336ページ/1320円/ISBN:9784065399033

2025年12月5日に本サイトで公開された、みのりむ氏の読書日記を非常に興味深く読ませてもらった。その際ふと、橋本氏が執筆した論考を、買ったまま読まずに放置していたことを思い出したのが本稿執筆の経緯である。

本書は2025年6月に刊行されたものであり、コロナ禍が階級構造に与えた影響や、近年の政治動向を踏まえた議論のアップデートなど、みのりむ氏の論考で触れられていた論点をしっかりとカバーしている。『中流崩壊』の出版から3年を経て、橋本氏はどのように分析をアップデートしたのか、気になって手に取った次第である。

本書は以下のような構成をとっている。

階級構造、それは人生の舞台装置──序に変えて
第1章 「新しい階級社会」とは何か
第2章 新しい階級社会が生まれるまで
第3章 五つの階級:それぞれの生い立ちと日常
第4章 哀しみのアンダークラス
第5章 男の階級・女の階級
第6章 人の階級はどうやって決まるか
第7章 階級格差を拡大させた新型コロナ
第8章 格差をめぐる対立の構図と日本の未来

 本書で主に扱われる階級は、資産家階級、新中間階級、旧中間階級、正規労働者階級、アンダークラスの5つである。なお、著者によれば、資産家階級には中小零細企業の経営者も含まれるという(p.37)。この点については、旧中間階級との線引きがどのようになされているのか、やや気になるところではあった。

本書は、労働者を就業形態や職業によって階級化し、それぞれの生活実態や意識、背景を分析するものである。とくに、階級社会の最下層として定義されるアンダークラスに焦点を当て、その実態を多角的に描き出している点が特徴的だ。そして著者は、格差拡大の背景に資本主義の構造的問題を位置づけ、少子化や財政悪化、治安や健康水準の低下といった社会問題を克服するためには、格差是正が不可欠であると主張する。

本書の特筆すべき点は、著者の研究グループが収集した「2022年三大都市圏調査」という独自データを用い、階級社会を多角的に分析している点である。とくに第4章で展開されるアンダークラスに関する議論は、いじめ被害経験や、日常的な他者との交流の有無など、分野横断的な観点から描かれており、非常に興味深い。また、第5章で論じられる「家父長制資本主義」の分析も、性別による収入格差と階級分析を結びつけることで、より立体的な理解を可能にしている。

一方で、読んでいて気になった点もいくつかある。

第一に、主に第2章にて展開される「資本主義」論について、現代に至るまでの経済学の研究成果を反映できているとは言い難いところだ。

著者は、アンダークラスが出現した背景として、資本主義の発展が関係していると主張する。資本主義は構造的に資本家が労働者を“搾取”する制度であり、併せて生じる“労働疎外”も相まって、労働者は資本家と比較して困難な地位に置かれているとする。そして、フレクシ=グローバリズム段階(フレクシブルなグローバリズムの意)に達しつつある現代では、新中間階級の一部も資本家階級と同様に労働者を搾取する階層として台頭してきたことで、その裏返しとして、搾取されて貧困に落ちていくアンダークラスも増加していると主張する。

このような意見はあながち間違いとまでは言えない。現代社会において、グローバルな巨大テック企業の発達により格差が拡大しているというのは事実であり、また、タックスヘイヴンによる課税逃れなど、国際的な市場経済の発展には負の側面がある。

しかし、本書の議論は、近現代経済学が明らかにしてきた”市場”による価格形成や賃金決定のメカニズムが十分に取り込まれていないと感じる。結果、”資本主義”批判に必要な前提が欠けてしまっていると同時に、市場が社会に対し働きかける力を過小評価してしまっている可能性がある。

マルクスが活躍した19世紀中盤までの経済学においては、本書で紹介されているような『労働価値説』が主流だった。 “経済学の父”と称されるアダム・スミスもその一人で、水とダイヤモンドの価値を喩えに、モノの価値は投下される労働量により決定されるとする当該説を支持したことで知られる。

他方、マルクスが資本論を上梓した後、1870年代にジェヴォンズやメンガー、ワルラスらによって主張された『限界効用仮説』が、それまでの主流派である『労働価値説』に疑念を呈したことで、経済学は大きな転換を迎えることになるのである。

──たとえば、喉が渇いているときに頼む1杯目のビールは美味しいと感じても、7杯目、8杯目となってくると、次第に飽きてそこまで美味しく感じられなくなっていく、という経験は多くの人が体感したことがあるのではないだろうか(余計な情報だが、私はあまり酒を飲まないのでこの有名な比喩にそこまで共感できていないのが悲しいところである。)。

この、『限界効用仮説』とは消費者がある商品に対して下す評価を説明する理論であり、供給側の条件と組み合わさることで価格理論が形成されていくという考えに結びつく。そして、このような価格決定は「市場」によって行われるという現代の経済学の土台となる理論へと繋がっていくことになる。もちろん、「労働者の賃金」についても同様であり、本書の中で紹介されていた「労働者を引き留めるためにフォードが賃金を倍にした例」はまさに、労働者の賃金が「その労働者の生活費」ではなく「市場における需給の関係」で決定されているものだという有力な事例になりうるのではないだろうか。

すなわち、資本主義における賃金とは、何か絶対不変の数値が定められているのではなく、労働市場における需給関係もまたその決定に大きく影響を与えている。そのなかで、たとえば「新中間階級」などは専門知識を身に着けることで希少性を高めて需要に応えることで高賃金を実現した例と言える。

なお、『労働価値説』と『限界効用』をめぐる議論については、最終的にマーシャルによって統合されて需給理論が成立したことで一応の解決を見るが、本稿では深く立ち入らない。また、マルクスの理論が時代遅れということもなく、著者が指摘するように、分配や格差について論じるうえでは重要な論拠でありつづけているということは付記しておく。

第二の指摘事項は、結論部にあたる第8章の議論である。

本章では、それまでの「階級」という軸に加え、「政治スタンス」という新たな変数が導入される。しかし、その定義や分布が十分に整理されていないことで、議論がやや飛躍してしまっている印象を受けた。それぞれの「スタンス」が具体的にはどのアンケートに賛成でどれに反対なのか、文章中にざっと書くのではなく表や図などを用いて可視化していれば、より理解しやすくなるのではないだろうか。

また、「政治スタンス」部分とそれまでの階級論との関係性が不明瞭である。各政治スタンスと5階級とは、多少の相関は見られるものの密接な関係性はない、と著者は述べているが、それならば「階級社会」について論じる本で最後にこれを持ってきて論理を展開する意味はあるのか(あくまで、階級に説明変数を絞った主張の方が正確でわかりやすかったのではないか)という疑問は生じる。また、「政治スタンス」という変数については、その独立した効果を慎重に検討する必要があるように思われる。たとえば、著者の主張である「新自由主義右翼が自己責任論を支持している」という考察は、一見すると相関関係という点では問題がないように感じる。しかし実際には、たとえば資本家階級に属する人々が新自由主義的スタンスを取りやすいという階級要因が背後にあり、政治スタンス自体は結果を説明する独立した要因としては十分に機能していない可能性も考えられるのではないだろうか。こうした批判に応えるために、「政治スタンス」という変数の有効性についてもう少し踏み込んだ統計的根拠に言及したほうが誠実なように感じる。

かなり批判を述べてしまったが、本書は決して出来の悪い本ではない。むしろ、豊富なデータと問題意識を備えた、意欲的な一冊である。しかし同時に、理論的枠組みや結論部分の整理次第で、さらに説得力を高めることができたはずだという意味で、「惜しい本」であると考えている。