江戸時代、江戸幕府……と聞けば、どのようなワードを思い浮かべるだろうか。
時代区分としては近世だとか、戦争が終わり平和な時代の創出がなされたとか、鎖国による日本独自の文化が花開いた時代だとか……だいたいはこのようなイメージを浮かべる方が多いのではないだろうか。
徳川と水軍の関わりを長年研究されてきた小川雄氏(日本大学文理学部准教授)による本書、『徳川海上権力論』は、水軍・海上軍事という点から江戸幕府権力を検証するもので、従来からある近世史のイメージにくさびを打ち込むようなものなのかもしれない。そして、この江戸幕府というものが、本書が検討対象とする水軍を含んだ、軍事力に裏付けられている権力であると、十分に感じられるものになっている。
本書の章構成は以下のようになっている。
はじめに
序章 徳川権力にとって海上軍事とは何か
第一章 戦国大名・徳川氏と東海地域の水軍
第二章 徳川氏による水軍編成の本格化
第三章 豊臣政権の下で変容する徳川氏権力と水軍
第四章 水軍が支えた徳川権力の全国政権化
第五章 徳川家康の対ヨーロッパ貿易 「扇の要」向井政綱・忠勝父子
第六章 西国統治と「鎖国」 拡張する海上軍事体制
第七章 「水都」にして「軍都」=江戸
終章 東西ユーラシアの海上軍事と徳川権力
ここからもわかるように、戦国大名としての徳川と水軍、豊臣政権に編入されていくかたちで近世に突入していく徳川とその水軍、統一政権を樹立した徳川と水軍、そして、日本列島のみならずヨーロッパと向き合わなければならない状況での世界史的目線の徳川と水軍という、大まかにそのような構成になっている。
戦国期徳川氏の水軍がどのように形成され、そしてそれが豊臣政権・統一政権のなかで移行し、本書内でたびたび登場する向井父子やウィリアム・アダムスといった登場人物たちも絡み合うなかでどのように対ヨーロッパ、そして水都江戸を誕生させたのか。その経緯は本書を確認してほしいが、実感するのは、先に述べたように江戸幕府が軍事力前提にした権力、つまり軍事国家であるということだ。
小川氏は、「はじめに」にて、徳川・江戸幕府の研究というものが、「近世」というくくりのなかで完結していることに疑問を投げかけられており、それはまさに本書の至るところでたびたび投げかけているように感じる。
従来より、国衆松平氏や戦国・織豊大名徳川氏の権力の研究は中世・戦国期の研究者によって、また江戸幕府としての権力の研究は近世史の研究者によって行われるものという、暗黙の前提があった。
しかし、そのような時期区分の「壁」を設定していては、純粋に「徳川氏」というものの全貌を判明させることはできず、時期区分を縦断して研究しなければならないというのが、小川氏の主張の核心であろう。これは、「水軍」の研究だけに留まらないところである。
また近世史というくくりで研究していては、どうにも江戸幕府の研究というものは「官僚的」で、また綱吉期以降の文化の華開きもあってか、「文化的な時代」というイメージがあるようにも感じられる。本書はそんな江戸時代にあって「軍事国家」江戸幕府という、ある意味「戦国大名の最終形態」とでもイメージづけられるような、近世史の叙述のなかではあまり見られないような軍事性を強調している。
また、水軍をテーマにしているからこそ成せたのだろうが、「対ヨーロッパ」という観点で1章分紙幅を割いていることも、注目に値する。
戦国・織豊期にあっては、宣教師の到来とともに南蛮文化が流入して日本の文化社会に影響していくのに対し、江戸幕府の成立とともに、鎖国政策と語られる叙述が影響してか、どこか忽然とヨーロッパの影響というものが消えうせるようなイメージがわく。しかし、本書はまさに対ヨーロッパとの貿易や、その後の対海外勢力を想定しての海上軍事の形成がうかがえる。世界史における日本の海軍の戦闘といえば、近代史においては日本海海戦、太平洋戦争におけるフィリピン諸島などを中心とした南方戦線というイメージがわくが、ある意味、戦国時代を終えたこの時期にあっても、すでに、同じような状況が想定されていたのではないだろうか。
ともすれば、日本が世界史に組み込まれたように語られるのは近代以降からというイメージがある。しかし、まさにこの時期より世界史、もしくは西洋史のなかに、東洋の日本・江戸幕府が組み込まれていったのである。時期区分を縦断するだけでなく、横断的に見ることも必要であると実感する。
本書、『徳川海上権力論』は、このような点において、従来の見方を刷新させる重要な著作であろうと強く実感させる。







