本書は、吉川弘文館から出版されている「東海の中世史」の第5巻『信長・家康と激動の東海』の新刊紹介である。なお、筆者は過日、同シリーズの第4巻の新刊紹介も執筆させていただいた。あわせて参照していただきたい。
本巻では、永禄3年(1560)年の桶狭間の戦いから慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いまでの40年間の時期を対象としている。この時期には、長篠・設楽原の戦いや小牧・長久手の戦いなど、日本史上著名な合戦が東海地域において勃発している。つまり、この時期の東海地域は大きく政治情勢が動く地域であったのである。また、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康のいわゆる「三英傑」は、信長と秀吉が尾張、家康が三河の出身であり、三人とも東海地域を出自としている。では、なぜ「天下人」が東海地域から出てきたのか。本書ではこのような時代を対象として、東海地域の動態を描こうとした意欲作といえる。
本書の構成と主な内容
まず、本書の目次を掲げる。
序 激動と統合の四十年 山田邦明
一 織田・徳川・今川・武田 山田邦明
コラム 古戦場に暮らす人々 湯浅大司
ニ 織田・徳川領国の時代 柴裕之
三 豊臣の世から徳川の世まで 平野仁也
四 織田・豊臣期の村落 谷口央
五 東海の都市と交通環境 山下智也
六 海の世界と人々の活動 小川雄
七 東海の神社と人々の活動 羽柴亜弥
コラム 東海以西の富士山信仰と参詣曼荼羅 大高康正
コラム 神宮御師 小林郁
八 東海の城とその展開 加藤理文
次に、章ごとの内容を紹介していく。
一では、永禄3年(1560)年の桶狭間の戦い後から、長篠の戦いが勃発した天正三(1575)年までの東海地域の政治情勢を、織田氏・徳川氏・今川氏・武田氏の動きを軸として叙述している。この時期には、永禄11年における武田氏の駿河侵攻や、元亀3年(1573)の三方ヶ原の戦いなど、「波」(丸島2021)と称されるほど対立構図が目まぐるしく変化した時期である。その背景には、上杉謙信の関東出兵や、足利義昭の信長への反抗など、他地域の戦国大名や将軍の動向が密接に関与していることが指摘されている(黒田2024など)。その点では、東海地域だけの動態ではいまいちこの時期の情勢が掴み切れないところがあるかもしれない。
ニでは、天正3年から、家康が関東へと移封される天正18年(1590)までの、織田・徳川両氏の政治的動向や領国経営などが描かれている。この時期は、「織田権力」と呼称される、信長が天下人として振る舞いはじめてから、豊臣秀吉が統一政権を完成させるまでの時期にあたる。本節では、とくに家康と織田信雄の動向に紙幅が割かれており、織田氏の「御親類」であった家康の織田権力内での立ち位置や、小牧・長久手の戦いなどに代表される秀吉との対立から、臣従過程までが描かれている。
三では、天正18年の家康関東転封後から、慶長5年(1600)における関ヶ原の戦い後の大名仕置きまでの政治情勢が描かれている。家康転封後、駿府城(静岡県静岡市)には中村一氏、掛川城(静岡県掛川市)には山内一豊が入城したように、東海道筋には豊臣秀次与力の大名が多く配置された。彼らは秀吉の命を受けて領内の整備や朝鮮出兵に従軍した。秀吉没後、関ヶ原の戦いが勃発し、その戦後処理によって、東海道筋や伊勢国には、本多忠勝など家康の譜代家臣が配置された。
四では、織豊期における東海地域の土地制度と年貢・諸役賦課の体制に加えて、太閤検地や五か国検地について、寺社に伝来した年貢帳などを参照しつつ、その実像を事細かに叙述している。太閤検地については中野等氏の新書(中野2019)や、近年は鈴木将典氏の研究書が出版される(鈴木2025)など、東海地域の土地制度史については多くの研究蓄積がある。細かい政策の実像についてはそれらをご参照していただきたい。
五では、東海道を軸とする都市と交通環境について、古記録類などからみえる移動の道筋や、関所の撤廃・伝馬制度確立などの交通政策に着目するかたちで、近世東海道の成立過程を描いている。本節では交通拠点としての市や船運業者など、街道筋の人々にも言及されており、近世につながる宿場運営体制の萌芽が出てくる様子が見て取れる。
六では、太平洋海運・伊勢湾地域における海の交通網とその近辺に生きた人々に着目し、海運が近世武家政権の成立にどのように寄与したのかを叙述している。なお、本節執筆者の小川雄氏は、本書出版以前に単著として『徳川海上権力論』を発表している。単著の方では近世初期までを射程範囲としてとらえており、あわせて参照することで、水運面における近世との連続面をとらえやすくなるであろう。
七では、東海地域の神社について、尾張国の津島社・熱田社(熱田神宮、愛知県名古屋市)などに着目して、領主との関係や内部対立について描いている。この2社は織田・豊臣・徳川氏三者の直轄地的支配を受けており、権力に接近する神社と、権威付けとして保護に動く権力者という、ある意味の共依存とも呼べる様相であったことがうかがえる。
八では、東海地域の城郭の改修や駿府城築城など、城郭と権力との関わりを通じて、東海地域における近世城郭の成立という現象について描いている。城郭にはその当時の軍事的意図が多分に反映されており、それは遺構の形状などによってもうかがい知れることがよくわかる。筆者も過日、今川氏の城郭運用について修士論文を執筆したが、城郭そのものの改修や遺構の状態などについては気を配り切れていなかったと個人的に猛省させられた。
筆者の感想
この項目では、本書を一読しての筆者の感想を述べさせていただく。
まず認識させられたのは、街道としての東海道の重要性である。豊臣政権期になると、家康への抑えとして秀次与力の大名が配置されたり(本書第三章)、伝馬の運用体制の充実化(本書第五章)が図られたりと、本書では東海道の運用に関わる権力側の思惑が多く見て取れる。言い換えるならば、東海道が東国への押さえのみならず、国内における主要な交通網の1つとしても認識されはじめたともいえよう。本書第六章で言及された海上交通の展開などもふまえると、織豊期が陸海双方で東海地域が交通上重要視されはじめた画期ともみなせるであろう。
また、列島社会における「統合」の動きについて、東海地域においてはその動きが鮮やかにみえやすいと思われる。この「統合」については序章においても言及されており、織豊期にかけて交通面や統治面など多方面において統合の動きがあったと述べられている。たしかに、土地制度史における研究蓄積などに明らかなように、東海地域は他地域に比べると、その動きが動態的にとらえやすいと読んでいて実感させられた。では、この背景事情には何が想定できるだろうか。久保田昌希氏が論じたように、近世における「判物証文写」などの史料整備も挙げられる(久保田2005)であろうが、一番の要因としては、やはり「天下人」と呼称された人物たちの影響であろう。この点において、東海地域において織豊期は活発化を遂げた画期といえるであろう。
【参考文献】
小川雄『徳川海上権力論』(講談社、2024年)
久保田昌希『戦国大名今川氏と領国支配』(吉川弘文館、2005年)
黒田基樹『駿甲相三国同盟 今川、武田、北条覇権の攻防』(KADOKAWA、2024年)
鈴木将典『中近世移行期の大名権力と地域社会』(戎光祥出版、2025年)
中野等『太閤検地』(中公新書、2019年)
丸島和洋『東日本の動乱と戦国大名の発展』(吉川弘文館、2021年)








