滋賀県愛荘町(旧秦荘町)金剛輪寺

名神高速道路から湖東三山スマートICを下りると滋賀県愛荘町、その山の裾に辿り着く。すぐに東の方へ抜けるとそこに現れるのが金剛輪寺である。愛荘町立歴史文化博物館の脇、急峻な参道へ足を踏み入れると無数の石造地蔵菩薩像が出迎えてくれた。これらの地蔵さまは近代にできたものであろう。参道脇の深い木々の間にはかつて院家のあったことを想起させる石垣が並んでいる。古くは12の坊舎と2つの末寺があったというが、明治維新の折に上地となって本坊明寿院の他は廃絶の憂き目にあったのだった。

参道
参道

石段を抜けると室町時代の二天門が見えてくる。この二天門も残念ながら完形ではない。楼閣部が存在せず、そこに屋根をかけてある。少しバランスを失っているが、優れた組木など見どころが多い。

二天門
二天門

二天門をくぐるとすぐそこにあるのが、弘安11年(1288)に造営された本堂である。和様の堂舎は、まだ青い紅葉に囲まれて実際よりも小さく見えた。ほの暗い本堂に入ってゆくと酷暑の日中にあっても風が吹き抜けて涼しい。内陣に目を向けると、秘仏である聖観音を納めた厨子を中心に、鎌倉期の諸像が所狭しと壇上に並んでいる。壇上の阿弥陀如来坐像・四天王立像・多聞天立像・不動明王立像には銘が入っており、制作年が明らかになっている。内陣へ入るとそれらを壇のすぐ近くから拝むことができるのみならず、鎌倉期の慈恵大師像、平安期の十一面観音立像など、重要文化財に指定された作例を数多く目にする事ができる。そも本堂が国宝であるのみならず、12躯の重要文化財指定作例を拝観できるというのは他にそうあるものではない。

本堂
本堂

本堂を出るとすぐ横に同じく国宝の三重塔が見える。寛元4年(1246)に建造され、後に1階部分を残して荒廃したものである。昭和の復元修理をもって流麗な姿に復している。

山を下って明寿院書院を訪れると、安土桃山時代から江戸時代末にかけて断続的に整備された庭園が見える。園池にかかる水雲閣茶室は江戸時代末のものである。

三重塔
三重塔
水雲閣茶室
水雲閣茶室