6月21日、日本大学文理学部で戦国史研究会第536回例会が開催された。報告者は小金丸直泰氏で、報告タイトルは「中近世移行期の寺家御成―『鹿苑日録』と『本光国師日記』に見える禅院への御成を中心に―」であった。
報告は、足利将軍・徳川将軍が寺院を訪問し、その寺院で僧侶らが饗応を行う儀礼である「寺家御成」に着目したものである。なかでも、饗応(酒食を供して他人をもてなす行事)の内容に注目して比較することで、特質を明らかにしようと試みたものであった。
本報告の特徴は検討対象期間の長さである。戦国・織豊期はとにかく検討するべき史料が多いため、短い期間にスポットを当て、詳細に検討する研究が多い。本報告では、戦国期~江戸時代初期という非常に長い期間の、足利将軍・豊臣秀吉・徳川将軍という多くを分析対象として見取り図を描こうとした意欲的な報告であった。
このような報告は、『鹿苑日録』『本光国師日記』という、まとまった分量はあるが難解な禅宗の古記録に果敢に取り組んだことで可能になったものである。禅宗の古記録のうち、寺内での儀礼等は宗教史の研究者を除けばあまり読み込まれていない。政治史的な関心で正面から宗教儀礼を読み込んだことが、本報告の最大の特色であり成果といえるだろう。なお、先行研究としては報告者もあげているように戦国期以前の足利将軍の禅院御成を検討した白川2022がある。本報告の前提として重要な成果で、もう少し踏み込んで紹介・検討してもよかったように思う。
評者の関心に即して、内容を概観してみよう。
まず、前半では戦国期の足利将軍の寺家御成を分析し、先行研究の史料の年次比定を修正しつつ、永正4年(1507)・5年頃の「寺家御成」では法会→喫茶→斎(食事)の原則が守られるが、この頃から饗応がすべて寺家独自の儀礼で行われるのではなく、幕府が「御茶奉行」を設置して武家による儀礼が入り込むとする。そのうえで、永禄3年(1560)の万松院(京都府京都市)御成では寺家が酒肴を自発的に準備しており、儀礼の面では寺家が独自性を失うとした。
続いて、豊臣政権を検討した。豊臣秀吉による禅院への寺家御成の例はないが、本願寺(京都市)御成の例から武家御成と同様の儀礼であったと推測する。
後半では、徳川将軍の寺家御成を分析し、慶長7年(1602)~慶長11年の相国寺(京都市)御成では酒肴が用意されるなど、武家儀礼が混淆するかたちで饗応が行われているとする。また、寛永期の徳川家光の江戸城内の金地院(東京都千代田区)への御成を分析し、完全に武家と同一の儀礼で饗応が行われていると指摘した。
以上の内容から、中世後期から近世初期にかけて、饗応の内容が寺家独自のものから混淆式のものに変わり、さらに武家の規式へと変化するとし、そこから寺家の独自性が失われると見通したのである。
本報告は、寺家御成の饗応に注目することにより、長期スパンで武家―寺家の関係の見取り図を提示した意欲的なものである。
本報告での検討を聞いて、新たな疑問や論点が浮かび上がった。
まず、本報告で明らかになった武家―寺家関係が一般的な推移なのか、相国寺ないし五山派禅院特有のものなのかは気になった。そもそも、相国寺や江戸金地院は成り立ちからして足利将軍や徳川将軍と密接な関係にあり、ほかの寺院と同列に扱うことができるのかは検討が必要である。質疑でも指摘があったが、やはり寺家御成の全体像や幕府と五山の関係の全貌を見たうえで、本報告の御成の位置付けを問うことも必要であろう。なお、崇伝没後の金地院の日記類もそれなりに残っており(林2020)、あわせて検討することで、本報告は近世中期以降を検討する近世側の先行研究とも接続できるだろう。
また、個人的には誰が御成を差配するのかが気になった。室町期の寺家御成の訪問先は蔭凉軒主が差配していた(白川2022)。室町・戦国期の蔭凉軒主は政治と無関係ではなく、幕政の参与者そのものなのだが(今泉2012、髙鳥2022)、実のところ、『蔭凉軒日録』が終わり『鹿苑日録』が飛び飛びな戦国期の状況には不明点が多い(髙鳥2022)。また、近世にかけての五山の展開もさらに検討するべき点が多く、蔭凉職・鹿苑僧録・金地院僧録の関係を詳細に検討する必要がある。その点でも、寺家御成の差配者を解明できれば、中近世移行期の五山・蔭凉軒などの位相も明らかにできそうだ。
以上のように、新たな論点も浮上したものの、本報告が中世と近世を架橋する興味深い試みであることは疑いない。報告者の注目した「寺家御成」という切り口が、新たな研究テーマを切り開いたように思われた。
なお、本報告を聞いて禅宗史料に興味を持った人も多いだろう。基本的な用語を調べるには、西尾賢隆「附・禅籍の口語・略解」(西尾2020)や『全訳漢辞海』がハンディで便利である。また、東京大学による「大正新脩大蔵経テキストデータベース」(SAT)や花園大学による「電子達磨#3」など、用例を探すのに便利なデータベースもある。これらを座右に携え、豊饒な禅宗史料の海にチャレンジしていきたい。
【参考文献】
今泉淑夫『亀泉集証』(吉川弘文館、2012年)
白川宗源「五山寺院と足利将軍家の饗応儀礼」(橋本素子・三笠景子編『茶の湯の歴史を問い直す』筑摩書房、2022年)
髙鳥廉「戦国期の蔭凉職と幕府政治」(髙鳥『足利将軍家の政治秩序と寺院』吉川弘文館、2022年。一部初出2020年)
西尾賢隆『中世禅宗史叢説』(吉川弘文館、2020年)
林晃弘「幕府寺社奉行の成立と寺院政策の展開」『日本史研究』(690号、2020年)


