はじめに

5月25日・26日の2日間にかけて、青山学院大学青山キャンパスにて歴史学研究会の総会・大会が開催された。25日には全体会が行われ、26日には8つの専門部会で報告が行われた。都合があって25日は参加できなかったが、26日には中世史部会の報告を拝聴した。

中世史部会では、「日本中世における権力と宗教」を主題に2つの発表が行われた。近年の中世史部会では室町時代の守護・国人支配の検討が重ねられてきた。また、近年の動向として室町幕府と畿内顕密寺院の関係を探る研究が大きく発展している。これらを背景に、東国における武家権力と宗教の関係、畿内の五山派禅宗の位置づけについて論じるのが、今回の報告になっている。

小池報告

小池勝也氏「中世東国武家政権と鎌倉顕密寺院」では、時代による変化を中心にあり方を論じている。鎌倉時代後期には鎌倉幕府が鎌倉顕密寺院の人事権を掌握し、鶴岡八幡宮寺(神奈川県鎌倉市)を中心に畿内から自立した宗教秩序が形成された。室町時代に成立した鎌倉府においてもこの宗教秩序は継承されたが、鎌倉府が政治的に不安定であったこともあって前時代ほどの影響力を与えることはできなくなったことが示された。また、鎌倉公方の御連枝が鶴岡八幡宮の若宮別当を務めることで、鎌倉府による宗教界への影響力の強化を図った「公方―社家体制」も未整備のまま公方が古河(茨城県古河市)へ移ってしまった。これにより武家政権の外護を失った鎌倉顕密寺院は地域寺院への転換を円滑に進めえず、鎌倉の宗教界における権威・求心力は低下したと位置づけている。

小池氏は課題として、近世東国における宗教秩序の形成過程の検討、鎌倉禅宗寺院の位置づけ、三宝院流と八幡信仰など法脈・信仰・教学面での検討などをあげており、今後の研究が待ち遠しいものになっている。

高鳥報告

高鳥廉氏「足利将軍家所縁の五山派禅宗寺院にみる政治秩序」では将軍家所縁寺院のあり方と機能、将軍家子弟・猶子の尊貴性を論じている。室町時代初期においては等持院(京都府京都市)を中心に将軍家の供養が確立されたものの、足利義満創建の由緒によって義満の菩提所は鹿苑院(同前)となった。これ以来、足利将軍家の菩提所は夢窓派の相国寺(同前)塔頭であることが重視され、義政期には義満以降の菩提所が相国寺内に編成されたと整理している。

これらの将軍家所縁寺院には積極的に夢窓派の高僧が招聘されたほか、将軍家出身僧などが存在ししたことで、住持任免権を中心とした官寺の秩序とは別のかたちで将軍家の求心力を高める構造が成立していたとする。

このような将軍家所縁寺院に加え、在京勢力や有力守護などの武家勢力も檀越として所縁寺院を五山内部に形成した。武家の所縁寺院は将軍家・檀越を支えることでその政治秩序を下支えしていたと位置づけている。

高鳥氏は中世後期五山派禅宗の位置づけを理解するために、顕密体制論・顕密禅併置論を前提としつつ、国制上における禅宗の位置づけを、武家の存在との関連から捉える必要性を指摘されている。官寺制度と所縁寺院を通じた宗教・政治秩序の在り方は宗教史・政治史のみならず諸分野に重要な知見を与える論点といえよう。