2025年10月26日(日)の立正大学品川キャンパスにて、関東近世史研究会の第58回大会が開催された。
大会のテーマは「近世後期における譜代藩政と江戸藩邸」というものであり、報告者は2名である。第1報告は小嶋圭氏「関東藩領支配における江戸藩邸と公事宿」。第2報告は宮澤歩美氏「幕末維新期における譜代藩江戸藩邸の動向」である。テーマのとおり、両者とも譜代藩領と江戸藩邸をテーマにしているが、違いとしては、小島氏は「公事宿(くじやど)」の政治的機能に注目したものであり、宮澤氏は幕末維新の動乱の際の譜代藩の、国元と江戸藩邸の対応の差に注目するものであった。
小島氏の報告で興味深かったのは、やはり「公事宿」の機能である。公事宿とは、一般的には「公事訴訟や裁判のために地方から来た者を宿泊させた宿屋」といわれている。報告でも、基本的にはその定義に従って検討されていた。ただし、領民の宿泊の手続きのみならず、藩政に関わる部分、領民と藩との間に立つような「中間支配機構」のような部分にも着目している。たとえば、上野国の安中藩などの関東譜代藩を事例として、江戸と国元の地理的な近さ、江戸藩邸が他領との交渉に当たる様子、そしてそういった状況下での公事宿の立ち位置などを検証していた。
宮澤氏の報告で興味深かったのは、上述のとおりになるが、国元と江戸藩邸の対応の差である。幕末の動乱において、東征軍が東進していくにつれて、徐々に藩側の対応が揺れ動いていくさまが見える。そのなかで、国元と江戸藩邸で、その方針にずれが生じていく。そんな様子を小田原藩や佐倉藩などを事例にあげられており、ある意味ドラマ性のある物語を想起させるような報告であったであろう。
翌年度の『関東近世史研究』で報告要旨が掲載されるはずなので、詳細はそれを確認していただきたいが、非常に興味深い大会であった。
さて、筆者は戦国史を中心に研究している身であるため、近世後期についてはまだまだ知見が足りない。しかし、本大会に参加して、いくつか思った点がある。戦国から江戸幕府の終わりにかけて、一円支配、つまり「領国」というものが形成されてきた。黒田基樹氏が提唱した国衆論も一般的に認知されるようになってきたが、これは、江戸時代の幕藩体制と比較して出来上がったものである。つまり、「幕府ー藩」の関係と「戦国大名ー国衆」の関係が類似していることに注目した議論である(黒田2015など)。
しかし、今一歩、戦国大名・国衆論が、幕藩体制論に追いつけない部分もあると思う。それは、近世という250年余の大きな歴史の中で、幕藩体制の中の多彩なドラマを見せつけてくれることであろう。とくに、小島氏の報告では、公事宿をテーマにしつつ、幕藩が「領民の起こす紛争」を調停・解決していく様子がみられた。これが江戸時代における、基本的な考え方であろう。戦国時代からみている筆者としては、これが根本的には「惣無事」につながっているのではないかと考えた。
また、宮澤氏が報告した譜代藩の揺れ動く様子は、巨大な戦国大名に攻め寄せられた「境目」の国衆が、従属する大名に反旗を翻す様子とも比較できるようなものでもあった。こういった様子を見せられると、戦国時代における紛争の解決と領民問題、従属の国衆たちの様相の研究もまた進んでほしいと願うし、それはいつか、江戸時代との比較ができるようにもなってほしいと願う。
いつか関東北条氏との比較として、関東近世史研究会でも報告があればとてもうれしいものである。
【参考文献】
黒田基樹『増補改訂 戦国大名と外様国衆〈戎光祥研究叢書4〉』(戎光祥出版、2015年)


