はじめに

地方史研究協議会では、毎年日本史に関係する卒業論文の発表会を行っている。2024年度の発表会は4月20日に大正大学で行われた。私は午前中だけ報告を拝聴したが、いくつか興味が惹かれる報告があったので、感想をまとめておきたい。

1.徳川秀忠発給文書の基礎的研究

これは、大正大学の竹村拓磨氏による報告である。歴史学では、同時代の関係史料を蒐集することが研究の基礎となる。とくに人物研究においては、その人の発給文書が研究材料の中心といえる。

しかし、織豊期~近世初期の政治史は、一般的な興味は高いものの、学術的なアプローチはあまり進んでいない。織田信長・徳川家康に関しては以前から史料集があったが、羽柴秀吉については今年の1月に文書集の最終巻が刊行され、やっと「三英傑」の史料が揃ったところである。

現在の織豊期・近世初期研究は以上のような状況であり、「三英傑」の息子や家臣団などの研究はほとんどなされていない。このようななか、徳川家康の3男で後継ぎにあたる徳川秀忠の発給文書を蒐集・検討した竹村氏の研究は、非常に有意義なものといえよう。

この研究は、秀忠が征夷大将軍に任官する以前の発給文書について、花押変遷と書札礼の変化を中心に検討している。従来、秀忠の書札礼は4段階に区切られていたが、竹村氏は5段階に区分している。また、花押の変遷については、これまで小山評定を契機とされてきたが、むしろ上杉方面の軍団長的な立場になったことが大きいのではないかとしている。

今回の報告で1つだけ残念だったのが、発給文書目録がなかったことである。これはレジュメのページ数の問題など、さまざまな制限があるなかでの報告でありある意味致し方ないことである。ぜひ、どこかの雑誌に投稿する際には、目録が付いていると、よりわかりやすい論考になるだろう。

また、竹村氏は今後の研究課題として、将軍就任後の発給文書研究をあげている。とくに二重公儀と二元政治に注目したいとしている。今後の研究が待ち遠しいところである。

2.茶人古田織部の死生観について

これは、愛媛大学の横井蒼大氏による報告である。茶道は日本で独自に発展した文化で、哲学者の久松真一氏は、芸術・道徳・哲学・宗教が融合した総合芸術であると評価している(久松1948など)。しかし、現在は千家流茶道の勢力が強いこともあり、その流祖である千利休の事績が過大評価されているといえる。

そのようななかで、横井氏は、利休死後に大名における茶道の第一人者になったとされる古田織部について取り上げている。この報告の最大の利休の価値観・作法を絶対視せずに、織部との相対化を図っているところであろう。

従来、茶道の成立は「村田珠光→武野紹鷗→千利休」という堺商人を中心とした流れで語られてきた。しかし近年、足利将軍家の饗応儀礼が茶道の源流として注目されている(橋本2022)。このような研究を踏まえるならば、町人茶道よりもむしろ武家茶道に注目して研究することが、今後の茶道研究の課題といえよう。この報告はその1つに位置づけることができるだろう。

一方、この報告の内容には疑問点もいくつか見つかった。まず、歴史学は実証主義に基づいており、史料批判を丹念に行う必要がある。しかし、二次史料の記述をそのまま根拠として提示するなど、信憑性の検討が若干不足しているように感じた。また、古田織部本人の認識と、周囲の人物の認識は異なるものである。「古田織部の死生観」という論題でありながら、織部の死に関して提示されている史料が細川忠興書状をはじめとした周囲の認識を示すもののみであり、結局織部が自分の死についてどのような価値観を抱いていたのかがわかりづからった。第一章で記したように、本人の認識を考察するうえでは、本人の発給文書が検討対象となる。まずは一次史料を蒐集するところから作業を始める必要があるだろう。

さらに、近年の政治史研究の成果があまり反映されておらず、この点は質問時間でも指摘されていた。歴史学において、政治史と文化史は研究者が分断されており、お互いに研究成果を追うことが厳しい状況にある。そのため、この問題は今回の報告に限った話ではなく、学界全体の問題点といえるだろう。私自身も、茶道史における政治史研究と文化史研究の融合に力を入れていきたいと考えている。

3.古河公方官途授与の基礎的考察

これは、東北大学の三栗谷凜大氏による報告である。古河公方の官途授与については、木下聡氏の論考(木下2006)が唯一の論考である。しかし、この論文は全国の官途状を比較したたものであり、けっして古河公方官途状に特化した内容になっているわけではない。具体的には、足利高基・足利晴氏の官途状について言及されておらず、こうした問題を克服するために、三栗谷氏が網羅的に古河公方官途状について検討したという。

三栗谷氏は、古河公方官途状を形式から「基本型」「感状型」「推挙文言廃止型」「袖判型」の3つに分類した。基本型は時代を通じて発給されており、時代を下るにつれて官途状の種類が増えていくと結論づけている。とくに、足利義氏期に官途状の数が増えており、大きな画期としている。前代の晴氏期までは権力の中心にいた古河公方家が、義氏期に北条氏の保護下に入り、権威的な存在へと変化したことと連動していると評価している。

古河公方研究は、佐藤博信氏によって始まったといっても過言ではない。ここでいう権力の中心から権威的な存在への変化について、佐藤博信氏は「公方―管領体制」から「関八州国家体制」への変化として捉えている(佐藤1989)。また、足利氏の権威については谷口雄太氏の一連の研究がある(谷口2019)。しかし現在では、「公方―管領体制」の用語は、佐藤氏が提唱した当時の概念を超えて用いられている。改めて近年の関東足利氏研究をまとめて、戦国時代の関東の政治秩序を明らかにする必要があるだろう。

おわりに

以上、卒論発表会のなかの3つの論考を取り上げ、私の感想を記した。

卒論は、外部に公開されることがほとんどない。しかし、とくに個別実証の積み重ねという点においては、卒論のなかに重要な内容が含まれていることも少なくない。地方史研究協議会のように、卒論を公表して今後の研究の土台としていく場を広げていくことが重要であろう。

【参考文献】
『第65回日本史関係卒業論文発表会レジュメ集』(地方史研究協議会、2024年)
木下聡「官途状の形式とその地域的・時期的特徴について」(同編著『全国官途状・加冠状・一字状目録』日本史史料研究会企画部、2010年、初出2006年)
佐藤博信「戦国期における東国国家論の一視点―古河公方足利氏と後北条氏を中心として―」(同著『古河公方足利氏の研究』校倉書房、1989年、初出1979年)
谷口雄太『中世足利氏の血統と権威』(吉川弘文館、2019年)
橋本素子「「茶の湯」の成立と展開」(橋本素子・三笠景子『茶の湯の歴史を問い直す』筑摩書房、2022年)
久松真一『茶の精神』(弘文堂〈アテネ文庫〉、1948年)