広瀬

北崎、【展覧会評】西洋美術館「真理はよみがえるだろうか ゴヤ〈戦争の惨禍〉全場面」は読んだかい?

北崎

読んだよ。スペイン戦争に関するゴヤの特別展の批評だっけ。ゴヤって結構生々しい絵を描くというイメージを勝手に持っていたけれど、実際記事に図示されてる作品も凄いと思った。身体が真っ二つにされてたり、首チョンパだったり。

広瀬

そうだね。ゴヤはとくに黒い絵といわれるシリーズが非常に有名で。やはり惨憺たる情景を描くのに非常に優れた人物だったのだと思う。

北崎

なるほどね。それとゴヤって教科書に載っている油絵のイメージが強かったけれど、版画もやっていたんだ。

広瀬

そう。ただ教科書に載ってるような油絵のほうが本業・本職に近いかな。彼はスペインの宮廷画家だったから。

北崎

宮廷画家としてブルボン朝に仕えていたということは、立場的にもナポレオンは敵だったんだ。

広瀬

それも一応関係はしているよ。その直前ぐらいから、いろいろ大変なことがあったのは事実。けれども、 ナポレオンのスペイン侵攻とスペイン独立戦争が、ゴヤの後半生を大きく特徴付けていることではある。

北崎

つまり、ゴヤの人生に大きな影響を与えた出来事を表したのがこの版画なんだ。広瀬的には、見てみてどういう印象を抱いた?

広瀬

多分、現在の世界の状況を意識して、このテーマを設定したんだろうと思う。

北崎

展覧会の序文にもそんな感じのことが書かれていたよね。

広瀬

企画を作った人は、世界で実際に起きている紛争が、どのような惨禍を引き起こすのかという想像力を、展示を通して喚起したいんだろうね。

北崎

なるほど。紛争への想像力か。

近年はとくに、戦場の映像がSNSを通して拡散されることで、人々が戦争へのリアリティを感じやすくなっていると思うけれど、ゴヤの版画にも似たような効果はあったのかな。

広瀬

そうだね、版画がある意味メディア的な役割を果たしえたっていうのはあるとは思う。版画は芸術である以前に印刷技術だし、ゴヤが同時期に作成した作品と比べても、大衆に戦争というものを伝えようと考えていたかもしれないね。

北崎

他の作品? さっき言っていた黒い絵のこと?

広瀬

そうだね。黒い絵のシリーズっていうのは、名前の通り暗く叫びに溢れている作品群で、ゴヤの家の壁画として描かれたものなんだ。外に出さなくていい分、躊躇なくグロテスクな表現を使ったんだろうと考えられている。それと比較すれば、版画作品群、たとえば記事に載せてあるシリーズ39番<立派なお手柄!死人を相手に!>にはまだ人に伝える意識というのが働いているように感じるな。

北崎

なるほど。版画作品は外部に対し発信する意図がうかがえるというわけだ。

広瀬

私は近代絵画を専門とはしていないので、近代美術を鑑賞することにあまり慣れていないから断定はできないけれどね。ただ、やはり版画は、誰かに何かを伝えようっていう意思がより強く現れているという認識でいいんじゃないのかなと思う。彼が版画を通じて何を伝えたかったのかということについては、もちろん単に戦争の惨禍だけではなく、彼自身の政治的意見が入っているかもしれない。ただ、それは多分、切り離せないと思う。

北崎

切り離せない、か。ただ、最近の世の中の流れでいうと、芸術に作家の思想を混ぜていいのかということには議論があるじゃん。風刺画とか。それについてはどう思う?

広瀬

美術史的な観点からすると、そもそも現代社会に対する個人の問題意識を絵画で表現しない画家はあまり評価されない気がする。

北崎

なるほど。芸術としては、思想が混ざることは作品を制作するうえでむしろ必然のことだと考えているんだね。

広瀬

政治的思想が作品に混ざることをよしとしないで純粋に美学的思想を追究しようという絵画のあり方は、多分100年ぐらい前、19世紀の思想かなという気がする。それ以降の絵画、歴史的にはフランスで写実主義が登場したあたりから、絵画と政治的思想は切り離せなくなるんだ。

北崎

そうなんだ。

広瀬

たとえば、フランス革命のときにパリコミューンに参加したクールベ(ヴァンドーム広場〈フランス、パリ〉の巨大な円柱を破壊した後、最終的にスイスへ亡命して、そこで亡くなった人)以降の画家は、政治的なものに目を向けていくんだよね。

写実主義(絵画だけではなく文学上の自然主義も含む)とは、社会を観察してそれを完璧に絵として表現しようとする思想のことなんだよね。逆に政治的なものよりも美術性・美学的なものを重視しようという考え方っていうのは、多分、ロマン主義という18世紀末から19世紀初頭にかけての思想なんだよ。

北崎

ということは、むしろ作者の意見が作品に混ざるのは当たり前なんだ。

広瀬

うん、ここ200年くらい、美術とは政治的思想と密接に結びつくもの、結びつくべきものだという考え方が主流だと感じるね。美術の評価基準となる「美しさ」という概念は、その性質上何らかの政治的意図と結びつき、権威と化してしまうからね。

北崎

なるほど。

広瀬

何かの基準があって、これが美しいものだっていう風になってしまうと、それが美学的な権威としてだけならいいんだけど、政治的な権威と繋がっていくことが次第に問題となる。写実主義の直前から同時期前後にかけて流行した新古典主義はフランス王室やナポレオンなどの政治的な権威と密接に結びついて創作を展開していった。その反動として生まれたのが写実主義や新古典主義で、現代の美術もこの流れを受け継いでいると言えるね。

北崎

美術が反権威思想を帯びるまでにはそういう流れがあったんだ。

広瀬

うん。でも、とくにある意味権威の装飾としての美術から、作者の思考の発露としての美術になるっていうのは、おおいに政治的といえるかもしれない。

北崎

民主化みたいな感じか。

広瀬

そうだね。民主化といってもいいのかもしれない。ロマン主義だって、新古典主義が持ってた性質に対して、美の基準は自分の中にあるべきだと唱えたようなところがたしかあったかと思うし。それに対して、写実主義では、綺麗かとか汚いかとかではなくて、現実を描くべきだというようになっていった。

北崎

すごいな、なんか。

広瀬

すごいよ。写実主義は現実、すなわちありふれたものを描くべきだという思想で。たとえば、クールベが描いた《石割人夫》(第二次世界大戦で焼失)はまさしくフランスのある労働者の作業の様子を描いてるだけ。社会の現状に目を向けるべきという彼の政治的なスタンスが表現されてるわけだ。

その後に現れた印象主義も、実際は我々の見え方としての印象も、都市の生活を描く方向に向かっていくし。結局そのあたりの美術は、非常に政治的であったんだよね。それ以前の美術史であげられる政治性は権威、権威の表象なんだけど、この頃から権威に対抗する存在としての絵画ってのが出てくる。この点は、やはり意識して美術を見ないといけない。これは文学もそうだし、基本的になんでもそう。

北崎

ああ、つまりゴヤはその先駆け的な存在なんだ。

広瀬

そうだよね。彼はもともと宮廷画家として権威の表象を描いていたわけだけど、同時にそれとは異なる表現を生み出したともいえる。たしかに、ゴヤはロマン主義と同時代か、そのくらいの作品群とかと、非常に併走していったと捉えることができる。

北崎

聴いていて感じたけど少し不思議だよね。宮廷画家として王朝に仕えていた彼から、新しい権威によらない、現実を描こうとする美術の潮流が芽生えたっていうのは。

広瀬

いや、仕えていたブルボン朝がナポレオンに破れ、スペインがナポレオンの支配下になったという経緯を考えれば、ゴヤがナポレオンからの独立戦争を描くということ自体はある意味順当じゃないかな。ただ、ゴヤは一方を悪として描かなかったことが特徴的だと思うんだ。単なるブルボンの支持者、いわゆる王党派画家と違うのは、圧倒的に彼が戦争の惨禍という悲惨さを、英雄的にではなく徹底的に現実を描こうとした、それが彼を特徴づけていることなんだろうね。

北崎

なるほど。そういう理由で近代以降の芸術は個人の政治的思想を帯びるようになったんだ。

広瀬

そうだね。私はヨーロッパではなく東洋の中世芸術を勉強しているけれど、それはどこまでいっても権威の表象なんだよ。身分秩序のなかで、自分をより高い位置に位置づけるための表象として作品を儀礼空間に置くわけ。多分、庶民の文化とか芸術も「ムラ」などの小さな社会のヒエラルキーのなかでの序列を明示するための作品だったろうし。やはり中世美術を語るうえでは、どんなにそれが作品として優れていようとも、権威の表象であり続けるっていうのを忘れてはいけないし、逆にどんな愚作だろうと、権威の表象として意味を追究するべきだと思う。でも、近代においては、それはまったく通用しなくなっていくような気もする。

北崎

美術も近代とそれ以前では大きく変わっているってことか。