国立西洋美術館で2024年2月27日(火)から2024年5月26日(日)に開催された企画展

「真理はよみがえるだろうか ゴヤ〈戦争の惨禍〉全場面」

を鑑賞した。

〈戦争の惨禍〉(c.1810〜20)は、スペインの芸術家フランシスコ・デ・ゴヤ(1746〜1828)が制作した版画集だ。スペイン独立戦争(1808~14)を題材に、戦いに苦しむ民衆の姿を描いている。80枚の版画作品がセットになった作品集であり、二部構成になっている。第一部はスペイン独立戦争中にフランス軍とスペイン人、そして親仏派と反仏派のスペイン人同士の間で繰り広げられた残虐行為と、数万人の餓死者を出した1811年から1812年の大飢饉を描いた作品で構成されている。

フランシスコ・デ・ゴヤ〈戦争の惨禍〉より39番《立派なお手柄!死人を相手に!》 1810~15年頃 エッチング、ラヴィ、ドライポイント/紙 国立西洋美術館

第二部は戦後のフェルナンド7世による反動体制を寓意や象徴を用いて風刺する「強調されたカプリーチョス」と呼ばれる作品群によって構成されている。

技法は主としてエッチング[1]  銅版画の技法。酸による腐食で線を刻む。が用いられている。また硝酸を直接銅版に塗る「ラヴィ」と呼ばれる技法がゴヤの版画作品としては珍しい。銅板に塗られた酸のにじみがそのままインクの淡いにじみとなる表現であり、衣服の襞や人影、そして死体の肌などにその特徴を見ることができる。 また背景にバーニッシャー[2] 金属のヘラのようなもの。大小さまざまな種類があり直接銅板を傷つけて線刻する。が使われており、細かな粒子間のある表現や等間隔の線の表現がそれだ。

フランシスコ・デ・ゴヤ〈戦争の惨禍〉より71番《大衆の利益に反して》 1814~15年頃 エッチング、バーニッシャー/紙 国立西洋美術館

〈戦争の惨禍〉の最終図版である80番《彼女はよみがえるだろうか?》をつぶさにみてみる。女性の遺体に群がる修道士たち。鋭いエッチングの直線が集中線となり、その女性の遺体が眩いばかりの光を放っていることが分かる。79番《真理は死んだ》でも同様の女性の遺体が描かれており、光り輝く女性の亡骸は真理を表しているとみてよいだろう。スペイン独立戦争はゴヤの人生にとって大きな転換点であった。それまでも、ゴヤは宮廷画家でありながら人間の心の闇をえぐるような作品を描いてきた。しかしスペイン独立戦争の凄惨さはゴヤを絶望させたのかもしれない。80枚にわたって暴力と死を描くことでゴヤは執拗に「人間の条件」を鑑賞者に提示している。その最後に、「彼女」と名付けられた真理が、甦らんことを願って版画集は閉じる。

フランシスコ・デ・ゴヤ〈戦争の惨禍〉より80番《彼女はよみがえるだろうか?》 1814~15年頃 エッチング、バーニッシャー/紙 国立西洋美術館

こうした〈戦争の惨禍〉80点につけられた秀逸なタイトルは、ゴヤ自身の文学性もさることながら国立西洋美術館の翻訳の良さも大きく寄与しているだろう。国立西洋美術館は展覧会序文に

「ゴヤが生きた時代から二世紀が経った現在でもなお、世界各地で戦争の絶えることはなく、犠牲となる人々がいます。ゴヤが銅版に刻んだ、時に目を逸らしたくなるような悲劇は、遠い昔の出来事ではなく、我々のアクチュアルな問題でもあるのです。」

と記している。

翻ってみて、本展と同時期に開催された「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか?―国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」のレセプションでは、参加作家たちが国立西洋美術館のスポンサーでイスラエルとの関係が深い川崎重工へ抗議の集会を行ったことが話題になった。美術館として、公式に現在の戦争に対する声明はない。

〈戦争の惨禍〉は全作品が目をそらしたくなるような造形のものばかりだ。時を超えてゴヤは200年後の我々の人間性を問うて来ている。真理はよみがえるだろうか。

参考文献: 国立西洋美術館、「平成5年度新収作品 配布資料」、国立西洋美術館、1994

画像引用元:

https://www.nmwa.go.jp/jp/exhibitions/2024goya.html

https://collection.nmwa.go.jp/G.1993-0041.html