8月9日、戦国史研究会第538回例会が駒澤大学駒沢キャンパスにて開催された。報告者は栗原隼人氏で、論題は「戦国期大内氏権力と官位(朝廷権威)の関係」である。
戦国大名と官位の関係については、大きく2つの見方が存在する。1つ目は、「戦国大名にとって官位は必要である」という見方である。こちらは、官位が土地支配の源泉(権原)としての役割を果たしている、と評価している、もう1つは「戦国大名にとって官位はなくてもよい」という見方である。こちらは、権原は実力(軍事力)に裏づけられたものであり、官位は(あったほうがいいが)なくても問題ないと認識される。
現状では後者、つまり戦国大名の権原は軍事力であり、官位の影響力は相対的に低く評価するのが一般的である。しかし、後者に立脚する研究者であっても、大内氏は例外であり、官位に依存した権力であったと評価することが多い。
このような研究状況をふまえ、本報告では大内氏権力が官位にどれだけ依存していたのかを再検討している。栗原氏は、対外的効果(国衆の統制)と対内的効果(家中の統制)をそれぞれ具体例をあげつつ検討している。そして、官位をともなっていない状態でも権力を行使できていること、また官位への叙任によって権力の増大などがみられないことを指摘した。つまり、大内氏は官位を利用することはあっても官位に依存していたわけではなかったのであり、例外的な存在ではなく通常の戦国大名として捉えられるとしている。
本報告の検討は、これまでの大内氏の評価を一変させるものである。大内氏は、最終的に毛利氏の「下剋上」によって滅ぼされる存在であったことから、前時代的な権力という先入観があったのだろう。
室町時代から守護を務めながら戦国大名化した家という点では、東国では今川氏が大内氏に類似しているといえる。今川氏も、一般的には「公家的」と言われるように前時代的で織田信長・徳川家康に「下剋上」される存在として位置づけられることが多かったが、近年の研究では再評価が進み、むしろ戦国大名の代表例にあげられる存在といってよい。たとえば、戦国大名が実力(軍事力)に基づく権力であるという評価は、直接的には今川仮名目録追加の「自分の力量をもって、国の法度を申し付け」という部分である。
これらの研究の進展をふまえるならば、大内氏も単に前時代的な権力と捉えるのではなく、戦国大名化した同時代的な権力としてみていくのは、むしろ当然のことといえる。今後の研究の進展によって、大内氏が再評価されることを期待したい。
ただし、本報告では、単に権力を行使している状況と、その権力に正当性が付与されている状況を区別せずに論じている。また、「正当性」と「正統性」も報告内では区別されておらずに両方使用している状況であった。
マックス=ヴェーバーによれば、支配はカリスマ的支配・合法的支配・伝統的支配の3つに分類されるという(ヴェーバー1970)。詳細に検討する必要はあるが、あえて単純化するならば、カリスマ的支配が単に権力を行使している状態、合法的支配が正当性に基づく支配、伝統的支配が正統性に基づく支配と分類できるだろう。こうした点をふまえて、戦国時代の政治権力、および権威の問題をさらに追究していきたいところである。
【参考文献】
マックス・ウェーバー、世良晃志郎訳『支配の諸類型』(創文社、1970年)
