2025年も半分が過ぎた。そこで今回は、2025年上半期のゆまにすとの記事について、閲覧者数ランキングととくに注目される記事に焦点を当てて振り返っていきたい。

1位:【コラム】信康事件の新説について(hayato氏執筆)

松平信康事件は、天正7年(1579)に発生した徳川家の内紛である。のちに江戸幕府将軍となる徳川家が、戦国大名段階で起こした内紛であることや、当時、天下人であった織田信長がこの事件に関与していることなどから一般的にも知られている事件である。

しかし、この事件に関する一次史料はほとんどなく、多くの学説が二次史料に基づいたものになっていた。このため、事件の詳細については想像しなければならない部分が多く、創作物などではどのように描写するのかが見どころの一つとなっていた。大河ドラマ『どうする家康』でも第23回~第25回の3話にかけて信康事件を扱っており、独特な解釈が反響を呼んだことは記憶に新しい。

こうしたなかで昨年、驚愕の新説が発表された。従来、事件で死去したとされてきた松平信康と築山殿が、なんと実際には死去していなかったというのである。この新説はSNS上でも大きく注目された。しかし、研究者の間ではあまり高くは評価されていない。たとえば、「すべて推論を重ねたものであり、また論証にも疑問が多く、首肯できない」(平山2025)などと評価されているのである。

ただし、具体的にどの部分の論証に疑問があるのかという点はこれまで指摘されていなかった。正式な反論論文は今後ご専門の研究者があらためて発表するものと思われるが、SNSでの無批判な評判に釘を刺すという当座の目的で、執筆を依頼したのが本記事である。執筆時からの想定通り、本記事はランキング1位を獲得することができた。

学問というものは、発表されればすなわちそれが通説となるわけではなく、議論を重ねて多くの人からの承認を受けてはじめて通説となっていく。自戒の念を込めて、新説だからといって無批判に受け入れることのないように気を付けていきたいところである。

2位:【学会評】戦国史研究会第530回例会(hayato氏執筆)

報告者・論題は吉田匠一郎氏「毛利・宇喜多関係の破綻と毛利・織田和睦交渉」である。

天正5年以来、織田政権と毛利家は対立を続けていた。両者の境目に位置する国衆・宇喜多家はもともと毛利家に従属する立場であったが、天正7年に織田政権に従属する。本記事で扱った報告内容は、この宇喜多家の鞍替えの動向を詳細に検討したものである。なお、この記事に関係する内容として、「【学会評】織豊期研究会2024年度講演会」(hibiki氏執筆)が前日談的な内容になっているので、あわせて参照されたい。

近年の戦国時代を扱った大河ドラマは、どれも東海・甲信地域を舞台にしたものであり、中国地方を扱ったのは2014年の『軍師官兵衛』にまでさかのぼる。来年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』は、主人公・羽柴秀長の出身地こそ東海の尾張だが、兄の羽柴秀吉が中国攻めの軍事司令官になったことから、途中からは中国地方を舞台にしてドラマが描かれるものと考える。

以上のことから、本記事は来年の大河ドラマにも大きく関わる内容といえ、ぜひ来年の予習としてお読みいただければ幸いである。

3位:【学会評】戦国史研究会第535回例会(拙稿)

報告者・論題は北村太智氏「慶長五年の乱における「豊臣公儀」の分裂」である。関ヶ原の戦いは「天下分け目の戦い」として日本史上もっとも有名な戦いといえる。本記事が3位にランクインしたのも納得の結果といえるだろう。

しかし、一般的な知名度の高さに反して、関ヶ原の戦いの実証的な研究はあまり進んでいない。とくに、関ヶ原の戦いを考えるうえでは、慶長5年(1600)9月15日に発生した本戦としての関ヶ原の戦いのみをみていても意味がなく、秀吉の死去から家康が征夷大将軍に任官するまでの一連の政治動向のなかに位置づける必要がある。そして、この過程が複雑であることが、関ヶ原の戦いの研究が遅れている大きな原因といえる。

ただし、2023年には関ヶ原研究会が発足するなど、関ヶ原の戦いの研究は今後進展するものと思われる。本報告で言及されている公儀の問題も含めて、関ヶ原の戦いは戦国時代の日本を考える重要なテーマであることに変わりはない。今後もより精緻な研究が求められるものである。

4位:【新刊紹介】福田千鶴著『高台院』(たまき氏執筆)

4位にランクインした高台院(浅野寧)は、羽柴秀吉の本妻となった女性である。『豊臣兄弟!』では浜辺美波氏が演じることが発表されている。これまで、戦国史研究は男性の研究を中心に行われてきた。しかし近年、女性たちも家権力の一部を担っている存在であることが明らかになってきた。とくに、当主の本妻は当主に匹敵する権限を有していたのである。

このような戦国時代の女性史研究の先鞭をつけたのが、本書の著者である福田千鶴氏である。福田氏はほかにも浅井茶々・浅井江・春日局などの評伝を執筆しているので、あわせて参照されたい。また、女性史研究が進んできたとはいえ、いまだ個別事例の集積は足りないといわざるをえず、今後の研究をまちたい。なお、ほかに戦国時代の女性を扱った記事として「【新刊紹介】黒田基樹著『「おんな家長」芳春院殿 関東戦国史を塗り替えた陰の主役』」(拙稿)があるので、あわせて参照されたい。

5位:【展覧会評】武田勝頼―日本に隠れなき弓取―(たまき氏執筆)

5位にランクインしたのは、山梨県立博物館開館特別展「武田勝頼―日本に隠れなき弓取―」である。山梨の戦国大名といえば武田信玄が有名であるが、息子の勝頼についての展示は今回がはじめてであった。このように勝頼が注目されるようになったきっかけは、やはり2016年に放送された大河ドラマ『真田丸』であろう。ドラマではわずか2話しか登場しなかったが、勝頼を演じた平岳大氏の演技が話題を呼び、これまでの暗愚な勝頼像を一蹴することになった。

筆者は、この展覧会と同時期に開催された戎光祥ヒストリカルセミナーvol.45「ここまで変わった! 武田勝頼像」に参加した。そこで講演者の平山優氏が以下のような話をされていた。研究者がいくら勝頼の再評価を行っても世間にはまったく広まらなかったが、『真田丸』の放送によってわずか90分でひっくり返った、というのである。このような勝頼の再評価を受けての本展示と考えると、俳優の演技が歴史学に及ぼす影響も多大なものがあるといえるだろう。

6位~10位

10位~6位は以上のとおりである。全体的に、豊臣政権に関する記事がよく読まれていることがわかる。これは、来年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』に向けて豊臣政権への興味が高まっている証拠といえるだろう。とくに、10位にランクインした『羽柴秀吉一門』の編者・黒田基樹氏は、『豊臣兄弟!』の時代考証を務めることが発表されている。『羽柴秀吉一門』における研究成果は大河ドラマの描写にも反映されることであろう。

また、8位にランクインした越後赤田斎藤氏は、このなかでは唯一、豊臣政権とは無関係の記事である。詳しくは該当記事をお読みいただきたいが、越後赤田斎藤氏は、「信長の野望」などゲームではよく登場する上杉謙信の重臣・斎藤朝信を輩出した一族である。これは、上杉謙信の人気によるものと考えられる。

その他、特筆される記事

最後に、惜しくもランク外となってしまったが、今年あらためて注目しておきたい記事を2つ紹介しておきたい。

今年は戦後80周年の年であり、さまざまな場所でアジア・太平洋戦争に関するイベントが開催されている。多くは、日本史の授業でも出てくる東京大空襲・原爆投下などに注目されるが、地域史的にはさまざまな場所でさまざまな被害があった。

たとえば、豊島区付近では東京大空襲から約1ヵ月後に発生した城北大空襲によって多大な被害を受けている。そして、日本史全体ではあまり注目されない被害についてもその地域では追悼のイベントが開催されているのである。このような、地域史的な側面からも戦争を考える必要があると考える。

4月21日にローマ教皇・フランシスコが死去したことを受けて、5月8日にレオ14世がローマ教皇に即位した。ローマ教皇は前近代においてヨーロッパの政治・宗教界に大きな影響力を与える存在であった。現在では政治的な影響力はほとんどなくなっているといっても過言ではない。しかし、カトリックの教徒は現在、世界に11億人存在しており、その頂点に立つローマ教皇はいまだに世界の人々に大きな影響を与えている。

ローマ教皇が変わった今年だからこそ、あらためてローマ教皇について考えようというのがこのコラムである。現状ではまだ第1回しか出ていないが、今後数回にわたって連載する予定である。ぜひすべてを通覧していただければ幸いである。

【参考文献】
平山優「総論 武田勝頼の研究」(同編著『武田勝頼〈シリーズ・中世関東武士の研究第39巻〉』戎光祥出版、2025年)