米沢市上杉博物館で2025年4月19日(土)~5月18日(日)の日程で国宝「上杉本洛中洛外図屏風」の原本展示が行われた。毎年、春と秋の2回公開しているが、今年は春期のみの公開である。
洛中洛外図屏風とは京都の洛中と洛外の風景や風俗を描いた屏風である。上杉博物館の所蔵する上杉本は、狩野永徳の作で織田信長が上杉謙信に贈ったことで有名である。もともとの屏風の発注者は足利義輝とされている。そのため上杉本に描かれている風景は戦国時代の様子を反映したものになる。
洛中洛外図屏風の見どころは、やはり京都の風景や風俗だろう。有名寺院や屋敷には建物名が書かれていて、何の建物かわかるようになっている。足利将軍邸や管領家の細川邸・斯波邸はこの時期ならではの建物である。とはいっても、文字はくずし字で書かれているため、屏風を見るだけでは読めないものも多い。しかし、みなさん、ご安心していただきたい。館内には屏風の簡略図と書かれている建物名などが活字になっている解説リーフレットが無料で配布されている。実際、来館者のほとんどがリーフレット片手に「あそこが、百万遍。京大があるあたりだね」などと言いながら屏風を見ていた。
当時の風俗として祇園祭や風流踊りの様子が華やかに描かれる一方、医者である竹田瑞竹に診てもらおうと人々が屋敷に行列を作る様子や、職人たちの仕事の様子など、京都の日常も描かれている。また、闘鶏や鶯合わせ(鶯を持ち寄って、鳴き声の優劣を競う)などの遊びも描かれている。個人的には鶯の鳴き声を間近で聞くのはかなりうるさいと思うのだが、遊びとして成立しているところをみると、そんなことはないのだろう。あるいは人間が近くにいるとそれほど大きな声では鳴かないのかもしれない。渡月橋は今でも紅葉の名所として有名だが、上杉本でも紅葉が描かれており、当時も紅葉の名所として有名だったことがわかる。
「祇園祭に、鶯に紅葉? 季節がバラバラなのでは?」と思った方は鋭い。実は、洛中洛外図は京都でのさまざまな風俗を描いているため、描写が1つの季節に限定されず、四季の風俗・風景がそれぞれが描かれている。1つの作品に四季を描く四季絵や月次絵は右から左に季節が移っていくが、上杉本ではどうも逆らしい。また、その規則に沿わない風景もあり、そこから屏風の主題や注文主の検討もなされている。上杉本は多くの研究が蓄積されているので、そちらもぜひ参照されたい。
私が屏風を見るときに一番着目するのは動物である。これは学問的な興味ではなく、単に動物が好きという理由からだが、鑑賞のポイントを絞って見ると記憶に残りやすく、他の屏風ではどうだったかと比べることもできる。屏風で多く描かれている動物は馬と犬である。馬は運搬や移動手段として使われるので多く描かれる。毛の模様や武家の馬の場合は馬具で華やかな様子も楽しい。右隻5扇「しやうこ院」のあたりでは喧嘩する2頭の馬がいる。日本では馬を去勢していなかったということなので、気性の荒い馬も多かったのだろう。上杉本でも落ち着かない様子の馬が描かれている。犬は飼い犬のほかに野良犬と思しきものもいる。どっちなのか判別がつかない犬も多い。右隻4扇「東洞院とをり」のあたりでは犬に追いかけられている猿飼いが描かれている。犬を撫でようとしてる人物もいて大変おもしろい。
洛中洛外図屏風は上杉本だけでなく、多くの伝世品がある。国宝に指定されている他の洛中洛外図屏風は東京国立博物館が所蔵する岩佐又兵衛作の舟木本がある。こちらは江戸時代初期の京都の様子が描かれている。舟木本は江戸時代初期をテーマにした特別展では公開されることが多いので、機会があればぜひ見てほしい。
上杉本の公開と同時に開催されていた「上杉家の御殿」展も見てきた。米沢城(山形県米沢市)だけでなく、江戸屋敷も含めての御殿である。絵図が中心であったが、米沢藩士の各記録がおもしろかった。江戸時代は身分制社会であったため、同じ藩士でも身分の上下があり、職務を務める場合でも廊下の移動位置が違っていたり、同じ部屋でも控える場所も違っていたことが記録で紹介されていた。郊外の江戸屋敷では畑を作って茄子などを栽培していたという記録も展示されていた。絵図を見ると建物面積より畑の面積が広そうだった。
上杉博物館の隣には上杉伯爵邸が現存している。今年は大正14年(1925)の再建から100周年にあたるようで、こちらの展示もあった。キャプションには上杉伯爵邸の戦前の資料や写真、再建に関わる資料をお持ちの方がいれば連絡がほしいとのことだったので、この記事を読んで心当たりのあるかたは上杉博物館へ連絡してほしい。









