2025年11月8日、駒澤大学会館246において、第541回戦国史研究会例会が催された。報告者は田邉隼斗氏で、論題は「戦国大名今川氏家中における遠江朝比奈氏の台頭について」である。
朝比奈氏は今川家の家老を務める家であり、三浦氏と並んで家中では別格とされた。大きく駿河朝比奈氏と遠江朝比奈氏の系統に分かれており、後者は懸川城(静岡県掛川市)を本拠としていた。また、遠江朝比奈氏は、その受領名から「備中守家」と呼ばれ、「泰」の字を通字としている。この遠江朝比奈氏に関する先行研究としては、『掛川市史 上巻』にて小和田哲男氏が家臣団・領域支配を整理しているほか、浅倉直美氏や黒田基樹氏が「一門化」をめぐる議論を進めている(浅倉2019・黒田2021)。しかし、遠江朝比奈氏の総体的な研究は僅少である。
今川氏の権力機構における遠江朝比奈氏の評価としては、有光友學氏は「宿老」「評定衆」の役割を担っていたと指摘している(有光1999)。また、大石泰史氏は「泰能・泰朝父子を「年寄中」と規定し、外交担当者としての役割が期待されていたとしている(大石2017)。本報告における論点としては、①今川家中における遠江朝比奈氏の役割とその変化について、②遠江朝比奈氏が家中の有力者として台頭した要因についてである。
第一章では、遠江侵攻期の遠江朝比奈氏とその役割について検証した。今川氏による遠江侵攻において、朝比奈泰煕は斯波氏(遠江守護)方の拠点を攻撃していたり、大沢氏・天野氏(遠江国衆)らとの連絡を取り合ったりしている。つまり、泰煕は遠江における軍事力の一翼を担い、国衆の指南を務めているのである。このことから、対斯波氏戦線を担っていたと推測している。また、遠江高天神城(静岡県掛川市)の城主・福嶋氏と比較し、福嶋氏は公事の奏者、天竜川東岸の軍事行動を担当していると結論づけた。
第二章では、朝比奈泰能の台頭過程について検討している。永正十五年(一五一八)に泰能は寿桂尼(今川氏親の正妻)の実家である中御門宣秀の娘と婚姻しており、今川氏中枢と近しい存在になった。この婚姻は遠江支配の安定と朝比奈氏の抱き込みが目的ではないかと指摘している。また、受発給文書からの分析もしており、泰能が享禄三年(一五三〇)に頭陀寺千手院(静岡県浜松市)に対して、氏親判物の内容を安堵する書状が発給されている。これは書き止め文言が「執達如件」とあることから、今川氏当主の意を奉じて奉書形式で泰能が発給していることから、享禄三年時点で「奉行人」となっていることを指摘した。
第三章では宿老としての泰能について注目している。天文十六年(1547)は駿府(静岡県静岡市)で牧野保成と義元との取次を行っていることや、天文十九年より、作手奥平氏・緒川水野氏(三河国衆)に軍事行動について指示を出していることから指南を担当しており、三河支配に太原崇孚・朝比奈親徳と三河支配に同程度関与していると評価できるとしている。しかし、崇孚の権限よりは副次的なものであったとみている。また、外交面においても京都政界との交渉を担当している。泰能は一門格の重臣としてその主要構成員を務めたと結論付けた。
第四章では朝比奈泰朝の動向 軍事・外交面を中心に検証し、泰能の子・泰朝についてまとめている。泰朝は泰能の立場を引き継いで、一門格家臣としての活動をおこなっている。武田氏の駿河侵攻時には、懸川城にて氏真とともに籠城しており、大沢氏など味方の国衆との連絡役を担当している。外交面では、「準一門」として越後上杉氏との取次を担当している。今川氏の勢力維持のため、持てる「準一門」の権限を行使したと結論付けた。
おわりにでは、今川家中における遠江朝比奈氏と「一門化」の要因について述べている。要因は三段階あるとし、一段階目は遠江方面における今川氏の主軍事力としての活動、第二段階では、「奉行人」として政権中枢に関与するようになったこと、第三段階では「一門格」として遇される存在となったとしている。
今後の課題としては、「泰」の通字の由来や、遠江朝比奈氏の親類(朝比奈金遊斎芳線、朝比奈親孝など)の動向などが挙げられた。
これらの報告を受け会場からいくつか質疑応答があったが、筆者的にもっとも重要だと思われる質問について取り上げる。それは、泰能が当主の意を奉じ発給された奉書について会場から質問がなされた。「執達如件」という書き止め文言があるからと言って奉書ではない可能性があるという点である。これだけでは、直状の可能性もあると指摘がされた。また、今川家中において決まった書式があるのかというのも指摘された。これらの点を踏まえてさらなる研究の進展に期待したい。
【参考文献】
掛川市史編纂委員会編『掛川市史 上巻』(掛川市、1997年)
浅倉直美「北条氏との婚姻と同盟」(黒田基樹編『今川義元とその時代』戎光祥出版、2019年)
有光友學「戦国大名今川氏の領国機構」(本多隆成編『戦国・織豊期の権力と社会』吉川弘文館、1999年)
大石泰史「今川家中の実態―「奉行衆」「側近衆」「年寄中」の検討から―」(戦国史研究会編『戦国期政治史論集 東国編』岩田書院、2017年)
黒田基樹『今川のおんな家長 寿桂尼』(平凡社、2021年)

