政治空間を演出する芸術
現在、私たちは美術・音楽などの芸術を“娯楽”として消費している。個人的にその“娯楽”を消費し、感動したり、自己を省みたりすることができる。また、話題の展覧会を鑑賞するために美術館に行くことで、“教養”という普遍的に通じる話題を所持することができる。そして、コミュニティ内での芸術というものは、各々がそれを嗜好し、語り合い、ときには自己を表わすアイデンティティとして用いられるのである。
こうした芸術は、ときに政治的要素を含むことがある。権力者たちは芸術を通して、政治的な空間を創り上げ自らの権威を表象する装置として利用するのである。とくに顕著なのは美術の作品である。世界のさまざまな地域において、美術作品はさまざまな権威を表象し、来る人に視覚的な刺激を与え、美術作品を所持する者に対して畏敬の念を抱かせるのである。
こうした政治的要素は芸術作品などが与える視覚的な刺激だけには留まらない。音楽もまた空間を作る要素である。たとえば、僧侶が経を唱えれば、その空間が突如として宗教的な要素を含むことは皆様も感じたことがあるのではないだろうか。音楽もまた権力者によって自己の権威を表象する装置として用いられた。こうした装置は自然とできるものではない。権力者による絶え間ない努力によって現れるものであり、そこに権力者の政治的意図が見えてくるのではないだろうか。
それは、中世の日本において雅楽が当てはまるであろう。雅楽も天皇・貴族が趣味や芸術的志向性によって用いられるだけではなく、自らの権威を支える装置として用いられ、権力者の絶え間ない努力によって創り上げられてきた。権力者がどのように雅楽と向き合ったのか。ここに注目し、中世社会、とりわけ室町時代における政治史を分析したのが本書なのである。
本書の内容
従来、雅楽という「音楽史」の視点から政治史を語られることは少なかった。この点について、『室町時代の将軍家と天皇家』や『足利将軍と室町幕府―時代が求めたリーダー像―』で知られる石原比伊呂氏が、今までの研究成果を『室町時代の将軍家と雅楽』としてまとめたのが本書である。章立ては以下の通りである。
序章 研究史の整理と本書の視角
第一部 中世の公家社会における雅楽
第一章 家業としての雅楽と御遊
第二章 鎌倉後期~室町期の綾小路家
第三章 中世天皇制と学芸
補論 光明天皇に関する基礎的考察
第二部 足利将軍家と雅楽
第一章 南北朝期における足利家の笙
第二章 足利家における笙と笙始儀
第三章 足利義材の笙始儀と豊原統秋
第四章 笙器「達智門」にみる足利義材の近江出陣
第五章 足利義稙にとっての笙と義満先例―将軍権威再建への試行錯誤
第三部 足利義満と雅楽
第一章 『内侍所御神楽部類記』にみる足利義満と室町前期の公家社会
第二章 足利義満と笙との関係についての再検討
第三章 足利義満の笙と西園寺実兼の琵琶
―一四世紀における公家社会の変容を考えるための一視角
第四章 北山殿行幸再考
補論 足利義嗣の元服
終章
本書では、室町時代を中心に雅楽が持ちえた政治的要素を検討し、そこから見えてくる室町時代の政治史的事象を評価するものとなっている。あくまでも石原比伊呂氏の研究関心は、本書にも明記してあるとおり“政治史あるいは権力論”である。本書は、雅楽に強い興味関心がなくても、“政治史あるいは権力論”に関心があればたいへんおもしろく読めるものである。
これは筆者の興味関心であるが、本書では足利義稙に関する論考が多いのも特徴である。足利義稙や戦国期初頭という時代への興味関心がある方は必読してほしい論考である。
政治史研究と文化史研究の断絶
この『室町時代の将軍家と雅楽』を読むうえでポイントとなるのは、今谷明氏の『室町の王権』(中央公論新社、1990年)を中心に展開された「王権簒奪計画説」である。
石原比伊呂氏は本書を通して、近年の雅楽史研究における論証過程に問題があったと主張する。近年の雅楽史研究において、指摘された事実を政治史的な常識を勘案して評価しているにすぎず、その“仮説”に対する裏付け作業がなされていないことに石原氏は問題意識を持っているのである。近年の雅楽史では、先行する政治史研究のイメージに大きく影響され、論理に若干の飛躍があるとするのである。そして、その雅楽史が依拠し続けているイメージこそが今谷氏の唱えた「王権簒奪」論なのである。たとえば序章で石原氏は、
これらの議論の前提に、今谷明氏の『室町の王権』における「王権簒奪」論があることは確実だといって差し支えない。しかし、「王権簒奪」のイメージがあまりにも色濃く、それを所与の前提としてしまっていることにより今谷氏同様、極めて観念的な議論から抜け出せずにいるように思われる。
と既存の雅楽史が「王権簒奪計画説」に依存しすぎている点を問題視している。また終章でも石原氏は、
本書を通じて主張したかったのは、室町期の雅楽史研究を進めるにあたっては、「王権簒奪計画説」から自由にならなければいけない、という点に尽きる。雅楽(笙)という素材は、「王権簒奪計画説」の枠組みを捨象して分析した方が、より豊かな(足利将軍家の社会的機能をはじめとする)室町期社会像を我々に映写してくれるのではないか。本書をここまで書き進めてきた感想である。
と述べている。石原氏は、雅楽史における「王権簒奪」論からの脱却を目標としているのである。
しかし、今谷氏を中心に展開された「王権簒奪」論は一般的にはあまり知られていない。よってここでは今谷氏の提言した「王権簒奪」論について説明したい。「王権簒奪」論とは簡潔に述べれば、“足利義満が皇位を狙い、日本の国王の地位を乗っ取ろうとした”とする学説である。
「王権簒奪」論の概要
「王権簒奪」論は元来、大正期の田中義成氏が提起したものである(田中1923)。しかしその後、平泉澄氏を中心に展開された皇国史観が当時の日本政治に強く影響し、「王権簒奪」論は低迷するに至った。戦後になると佐藤進一氏は将軍権力がどのようなもので、どのように確立し、どのように維持されてきたのか、という根源的問題へ挑戦することになった(佐藤1963。以下、本稿における佐藤説は本書によるものとする)。佐藤氏は、
将軍の地位を絶対化し、かつ足利氏さらにいえば尊氏の嫡流がこの地位を独占するための保証装置はいまだ完成していないのである。(中略)足利氏の将軍としての地位を正当化するのはぎりぎりのところの実力と、北朝による承認だけであるが、南北両朝対立のもとでは北朝の承認も相対的評価しかもたない。ここに足利将軍絶対の観念をつくり出し、浸透させる必要が生じたのである。
として、足利氏は“将軍家絶対観確立の努力”をしてきたとするのである。また、この将軍の努力の方向性に対して佐藤氏はこう論じている。
足利氏自身のなかに将軍権力の絶対性を正当化する根拠を求めないとすれば、やはりこれを天皇にかりなければならない。(中略)結論的にいえば、将軍の公家化と呼ばれる現象は、将軍権力が王朝国家権力の実体部分を奪取して、残された観念的部分にも及ぶときに生じた現象であって、将軍自身が天皇家の一員となり、天皇と一体化する過程を示すものである。
足利氏は“将軍家絶対観確立”のためには天皇の権威を利用し、朝廷の権限を吸収することでそれを成し遂げたとするのである。これは主に「権限吸収」論として論じられるわけであるが、今谷氏はこの将軍の公家化や権限吸収の動きに対して「王権簒奪」の意図があったものとして、「王権簒奪」論を再提起・確立させたのである。この「王権簒奪」論は大きな影響をもたらし、雅楽史においても“足利義満は朝廷雅楽を支配した”という評価がなされていた。
「王権簒奪」論に対する批判その後、さまざまな研究分野において「王権簒奪」論を批判し、乗り越える形で多くの研究が進み、さらなる議論へと進展した。例えば対外関係史の分野では足利義満の“日本国王号”の使用が「王権簒奪」の一環であるかを巡って議論が進んだ。現在では“日本国王号”が日本国内に向けて使用された形跡はなく、あくまでも貿易における肩書きにすぎなかったと評価され、新たな議論へと展開することになる。本書もこうした大きな影響をもたらした「王権簒奪」論を乗り越える一環なのである。また「王権簒奪」論を支える主張・評価としてある、“足利義満は子息:義嗣を次期天皇に仕立て上げようとした”という主張に関しては石原氏が「第四章 北山殿行幸再興」や「補論 足利義嗣の元服」において論じ、批判されているのでぜひご参照していただきたい。
以上、本書を読むにあたってポイントとなる「王権簒奪」論の概要とその影響について説明してきた。本書は論集であるため、正直、多くの方が手にとることは難しいであろう。しかし、内容としては先述したように、斬新かつ大きな試みであり、歴史学研究に関心がある方には絶対に読んでほしい論集である。
【参考文献】
今谷明『室町の王権』(中央公論新社、1990年)
佐藤進一「室町幕府論」(家永三郎ら編『岩波講座日本歴史』中世3、1963年)
田中義成『足利時代史』(明治書院出版、1923年)
久水俊和編『「室町殿」の時代 安定期室町幕府研究の最前線』(山川出版社、2021年)



