平凡社/2025年11月刊/四六判/256ページ/2200円/ISBN:9784582477535

大河ドラマ『豊臣兄弟!』はご覧になっているだろうか。羽柴秀長が初めて大河ドラマの主人公となり、世に数多の“秀長本”が氾濫するなかではあるが、それでも本書の刊行情報に接したときにはさすがに驚いた。本書の著者である天野忠幸氏は、三好氏研究の第一人者として知られている。三好氏の研究を志す私も、天野氏の成果から非常に多くを学んできた。その天野氏が、秀長に関する本を出版するとは、さすがに予想していなかった。

しかし、天野氏の近年の研究を踏まえたとき、これは必ずしも驚くべきことではないのかもしれない。もともと、天野氏は三好氏研究の文脈で、松永久秀の大和支配についてもいくつかの論考・著作があった(天野2017など)。特に、2016年に奈良県の天理大学に赴任した後は、松永久秀だけでなく、信長上洛後の大和を支配した原田直政についての論考も発表している(天野2024)。

天野氏は『三好一族』(天野2021)において「三好・織田・羽柴時代」という時期区分を提唱するなど、三好政権から豊臣政権に至るまでの時期を1つの一貫した時代としてとらえて把握するべきであることを主張してきた。

本書の主人公である秀長は、天正13年(1585)に秀吉から大和・和泉・紀伊を与えられ、大和郡山城主(奈良県奈良市)として南近畿の支配者となる。つまり、三好氏時代の久秀、織田氏時代の直政の立場を継承する存在として、秀長を位置づけることが可能である。このように考えたとき、久秀・直政を検討した天野氏が、次に秀長の検討へと進んだのは、氏の研究姿勢からして、自然なこととも考えられる。

前置きはこれくらいにして、本書の章構成を見てみることにしよう。

第一章   織田信長の被官
第二章   羽柴氏の台頭
第三章   南近畿の支配
第四章   豊臣政権の柱石
第五章   大和羽柴家の終焉

基本的には、最新研究に基づき、時系列に沿ってオーソドックスに通史が整理されている。第一・二・四章は秀長の人生を辿るものであり、第五章は秀長死後の展開を追う。

すでに述べたように、天野氏はどちらかというと、秀長が生きた時代よりやや古い時期を中心に研究してきた。したがって本書の最大のポイントは、前代との比較のうえで秀長をどのように評価できるか、という点に求められる。この観点から叙述された章こそ第三章であり、本書の白眉であることは疑いない。

中世の南近畿には、さまざまな宗教勢力が存在していた。すなわち紀伊では高野山(和歌山県高野町)・粉河寺(同紀の川市)・根来寺(同岩出市)・熊野三山(同田辺市・新宮市・那智勝浦町)が地侍や土豪を統合して軍事力を編成し、地域社会の公共を担っていた。大和では国人たちが興福寺・春日大社(いずれも奈良市)に編成され、衆徒・国民と呼ばれていた。長慶・信長のもとで久秀・直政は興福寺の支配解体を図るが、直政の戦死後は衆徒棟梁の筒井順慶に支配を任せることになった。秀吉は順慶の支配をバックアップすることで介入を図るが、順慶が病死すると息子の定次を伊賀に移封し、新たな南近畿の支配者として秀長を送り込んだ。

このように、大和における興福寺の支配を解体する試みは長慶以来、絶えず続けられてきたが、多くの困難を伴っていた。こうした歴史を踏まえたうえで天野氏は、秀長の支配政策、たとえば検地の強行や寺院経営への介入など、を順に説明していく。その具体的な中身については本書を実際に手に取ってご確認いただきたいが、秀長の政策が南近畿の中近世移行期においていかなる意義を有したのか、それまでの歴史的経緯を踏まえたうえで述べられているから、非常にわかりやすい。

さて、ここまでの内容から察せられるとは思うが、本書は権力と宗教勢力の関係に重きを置いている。このことは実は、天野氏のこれまでの研究成果に通底する特徴の1つといえる。たとえば、代表作である『戦国期三好政権の研究』(天野2010)において天野氏は、大阪湾岸の諸都市と三好氏の関係を初めて明らかにした。そこでは、西宮でいえば西宮神社(兵庫県西宮市)、堺でいえば南宗寺・顕本寺(いずれも大阪府堺市)、というように、宗教勢力の動向が重要な論点として常に示されてきた。本書もそうした天野氏の成果の延長線上にある、ということなのだろう。

以上述べてきたように、本書は天野氏のこれまでの研究成果や、研究手法の特徴が存分に生かされた内容となっている。冒頭述べたように、“秀長本”の氾濫する昨今ではあるが、本書はむしろ豊臣政権を専門外としているからこそ、他の“秀長本”とは異なる独自の魅力を示すことに成功しているといえる。本書がより多くの読者を得ることを願い、擱筆したい。

【参考文献】
天野忠幸『戦国期三好政権の研究』(清文堂出版、2010年)
天野忠幸『松永久秀と下克上 室町の身分秩序を覆す』(平凡社、2017年)
天野忠幸『三好一族―戦国最初の「天下人」』(中央公論新社、2021年)
天野忠幸「塙(原田)直政の畿内南部支配」(『史文』26号、2024年)