はじめに
皆さんの身近に「菊池さん」はいるだろうか。けっして珍しい苗字ではないため、友人や同僚の中にいるかもしれないし、あるいはこれを読まれている方自身が菊池さんかもしれない。また、アイドルの菊池風磨氏やメジャーリーガーの菊池雄星氏など、著名な菊池さんを思い浮かべることもできるだろう。
一方、日本の中世社会において九州に大きな影響力を有した 「菊池さん」がいた。中世史研究における菊池氏は、鎌倉時代以前からの名門武士団として知られ、とりわけ南北朝時代には南朝方の主力として活躍したことで高く評価されている。なかでも征西将軍・懐良親王を奉じて大宰府を掌握し、九州探題・一色道猷を九州から駆逐した菊池武光は、宮方屈指の名将としてその名を残している。その後も、菊池氏は肥後・筑後守護として九州屈指の有力勢力であり続けた。しかし、嫡流の断絶や阿蘇氏・大友氏など周辺勢力の介入によって次第に衰退し、最終的には大友氏出身の菊池義武が甥の大友宗麟に討たれて滅亡した。現在でも本貫地である熊本県菊池市では、一族ゆかりの史跡や顕彰活動が数多く見られ、地域の人々から篤い崇敬を受け続けている。
このように、戦国期に滅亡した菊池氏の実像は、史料の制約や戦後における南朝研究の停滞もあって、必ずしも十分に明らかになっているとはいえなかった。そのため、実証研究による成果よりも伝承や通説が先行する傾向があり、島津氏や大友氏といった他の九州の有力武士団に関する研究が進展する一方で、菊池氏や中世肥後国の研究は相対的に立ち遅れていた。
本書は、こうした平安時代から戦国期の滅亡に至るまでの菊池一族における栄枯盛衰を、多数の図版や史料、最新の発掘調査成果を交えながら描き出した図説である。編者は、近年の菊池氏研究を牽引する阿南享氏。本書を通じて、読者は菊池氏の歩みのみならず、各時代の九州情勢や、鎌倉幕府・室町幕府と地域の有力領主との関係についても理解を深めることができる。なかでも、菊池武光らが躍動した南北朝時代の九州社会を考えるうえで格好の入門書となっており、中世九州史への関心を広げてくれる書籍である。
本書の内容
まずは目次を確認する。
Ⅰ 九州の雄族・菊池氏の誕生
Ⅱ 蒙古襲来と菊池武房
Ⅲ 鎌倉幕府の滅亡と建武の新政
Ⅳ 征西将軍 懐良親王と武光の活躍
Ⅴ 菊池武朝の苦闘
Ⅵ 肥後国守護となった菊池氏
Ⅶ 戦国期の菊池氏 ― 衰える権威と正統
付章 菊池氏への敬慕と最新の遺跡発掘成果
各章のタイトルに時代と当時の菊池氏当主が付されているため、それぞれの主題は明瞭であろう。詳しい内容については皆さん自らの目で本書を確認し、1人でも多く歴史ロマンあふれる菊池氏ならびに、中世九州史に対し関心を持っていただけるとありがたい。
本書の特徴
本書の第1の特徴としてあげられるのは、戎光祥出版の人気シリーズである「図説」ならではの豊富な図版類である。史料の制約から研究の進展が容易ではなかった菊池氏に関する図版や写真、地図をこれほどまでに集成した書籍は少なく、本書ならではの大きな魅力といえる。また、多数の写真や地図が掲載されているため、菊池氏や中世九州史に馴染みのない読者であっても、その動向や歴史的影響を視覚的に理解しやすい構成となっている。
・菊池氏の「純忠」について
本書の最大の意義は、菊池氏に長らく付随してきた「純忠の一族」、つまり数代に渡って朝廷に尽くした忠臣というイメージを相対化し、可能な限りその実像に迫ろうとした点にあると考えられる。南北朝時代の研究において宮方武将に対し、無批判に 「忠臣」というレッテルを貼っていたことが南朝研究の停滞の要因となっていた。しかし近年では、南北朝時代の室町幕府における政治史・制度史研究を牽引する亀田俊和氏は、『南朝の真実』や『南北朝武将列伝 南朝編』において、宮方武将に対する「忠臣」という固定的な評価からの脱却を試みている。こうした研究動向を踏まえれば、南北朝期研究における重要な課題の1つは、「忠臣」や「逆賊」といった価値判断を前提とした歴史像を見直すことにあるといえるだろう。本書の帯には「最新研究で“純忠”の呪縛から解き放ち、新たな菊池氏像を提示する」と明記されており、その問題意識を示している。
菊池氏の研究史に目を向けると、明治期の南北朝正閏問題に端を発する南朝正統論の高揚によって、菊池氏は宮方に尽くした「純忠の一族」として称揚されるようになった。昭和17年(1942)に刊行された『勤王菊池一族』において、著者の菊池寛は「累代勤王の一路を一歩も踏み脱さない武家は、わが菊池一族を措いて稀有」と評している。また、昭和18年刊行の『勤王六代菊池一族』でも、著者の下村悦夫はさまざまな表現を用いて菊池一族を顕彰しており、序文には「大東亜戦争」の語も見られる。さらに昭和19年には、文部省監修の家庭教育紙芝居『純忠菊池一族』が制作された。このように菊池一族は「純忠」の象徴として位置付けられ、大日本帝国下における忠君愛国思想の普及や、戦意高揚の題材として利用されたことがうかがえる。
戦後の菊池氏研究は、戦前の南朝正統論に対する反動に加え、菊池氏滅亡後の史料的制約もあって低迷した。しかし平成期に入ると、従来の歴史像を相対化しようとする研究や著作が現れるようになる。熊本県の郷土史研究家である荒木栄司氏は『菊池一族の興亡』において、菊池一族の歴史がこれまで「純忠」や「愛国」といった言葉抜きには語られにくかった状況を踏まえ、その歴史像の再検討を試みた。また、本書でも参考文献としてあげられている阿蘇品保夫氏の『菊池一族』は、「純忠」や「尽忠」といった称揚的な表現を用いることなく、一族の歴史を叙述している。
本書では、付章6 「明らかになりつつある“純忠・菊池氏”の実像」において、この問題が正面から取り上げられている。近年は、史料的制約を補う1次史料の再検討や考古学的成果の蓄積によって、菊池氏の実像が徐々に明らかになりつつあり、本書はそうした研究成果をわかりやすく整理したものとも位置付けることができる。
また、南北朝期の九州には、菊池氏のほかにも恵良惟澄や肝付兼重など、「忠臣」として語られることの多い宮方武将が存在する。宮方武将を無条件に「忠臣」とみなし、反対に足利方武将を「逆賊」とみなす従来の価値判断を相対化する視点は、菊池氏研究のみならず、南北朝期九州史全体を考えるうえでも重要な示唆を与えるものであろう。
おわりに
以上、本書の特徴と内容、そして本書に見られる「純忠」像の見直しという視点について紹介してきた。本書は、他の「図説」シリーズと同様に豊富な図版や写真を掲載しており、菊池一族やその周辺で活躍した武将たちへの理解を深めることができる良著である。また、近年の研究成果を踏まえながら、従来の「純忠の一族」という固定的なイメージにとらわれない、新たな菊池氏像を提示した点にも大きな意義が認められる。
もっとも、菊池氏研究には依然として史料的制約という大きな課題が存在する。菊池氏の発祥や、庶子とされる菊池武光の家督相続の経緯、さらには武光による日向の畠山直顕攻めの実態など、本書においてもなお明確な結論が示されていない問題は少なくない。
また、菊池氏の庶流である甲斐氏についても興味を抱かされた。甲斐氏には、北朝方として肥後国へ入ったものの、建武四年(1337)に菊池武重に敗れて日向国へ落ち延びたとする伝承が残されているが、本書ではとくに触れられていない。
本書は、近年蓄積されてきた研究成果を踏まえた現時点での到達点として、菊池一族の歴史をわかりやすく整理した1冊といえるだろう。しかし、大族であった菊池一族の全体像を解明するためには、赤星氏・城氏・甲斐氏などの庶流に関する研究の進展も欠かせない。史料的制約という困難は依然として存在するものの、今後さらなる研究の深化が期待される。
私自身、それまで菊池氏については決して詳しいとはいえなかったが、本書を通じて菊池ファンとなった。中世九州史を学ぶ者として、今後も中世九州史の主役の1人と言える菊池氏に関する研究が一層発展していくことが望まれる。
【参考文献】
阿蘇品保夫『菊池一族』(新人物往来社、1990年)
荒木栄司『甲斐党戦記』(熊本出版文化会館、1988年)
荒木栄司『菊池一族の興亡』(熊本出版文化会館、1989年)
亀田俊和『南朝の真実 忠臣という幻想』(吉川弘文館、2014年)
亀田俊和・生駒孝臣 編『南北朝武将列伝 南朝編』(戎光祥出版、2021年)
菊池寛『勤王菊池一族』(講談社、1942年)
下村悦夫『勤王六代土持一族』(金鈴社、1943年)
納富康之 脚本他『純忠菊池一族』(日本教育畫劇、1944年)



