戎光祥出版/2025年6月刊/四六判/468ページ/3300円/ISBN:978-4-86403-444-9

はじめに――本書の特徴

本書は、「冬場は雪に覆われるが、海のそばでは味わい深い海産物もあり山の幸にも恵まれている。豊かできれいな水のおかけで、おいしい米がとれ、淡麗な日本酒も絶品」という「はしがき」の一節から始まる。峻厳ながらも自然に恵まれた北陸4県を端的かつ正確に表現していよう。

本書の大きな特徴は、「はしがき」にも記されているように、北陸地域を福井・石川・富山・新潟のいわゆる「北陸四県」という枠組みで捉え、歴史を描き出した点にある。一般的には、福井・石川・富山が「北陸三県」と呼称されることが多い一方、新潟は関東甲信越地方として括られることが多く、北陸4県の関係性が前景化される機会は決して多くない。

たとえば、2021年に刊行された北陸中世近世移行期研究会編『地域統合の多様と複合』は、北陸地域における地域統合の動向が、いかに近世的支配へと帰結していったのかを検討し、16・17世紀という時代の意義を追究した重要な研究成果である。しかし、その対象地域は石川・福井・富山に限定されており、新潟の存在は必ずしも前面に押し出されていない。

たしかに、戦国初期の新潟は、享徳・永享の乱をはじめとする関東情勢との関わりが重視され、富山以西との結びつきは比較的希薄であった。しかし、長尾為景以降の時代に下ると、北陸4県はきわめて密接な関係を有するようになる。とりわけ天正期には、織田・上杉両勢力の支配圏、あるいはその狭間として大きな動乱に巻き込まれていく。その意味で、北陸4県を一体的に論じることは、当該期の政治史を中心とした複雑な様相を動的に理解するうえで、大きな意義を持つといえよう。

本書は、最新の研究成果を踏まえながら、そうした複雑な北陸戦国史の様相を平易に整理しており、北陸戦国史を探究したい読者にとって格好の導入書となっている。目次は以下の通りである。

上杉房定――長きにわたり越後守護に君臨し、一族の全盛期を築く(山田邦明)
長尾能景――越後長尾氏の礎を築いた立役者(山田邦明)
長尾為景――守護代から戦国大名へ成り上がった猛将(山田邦明)
上杉定実――逼塞から復活を遂げた越後守護(山田邦明)
上杉謙信――関東・信濃・越中・能登と激戦を繰り返した勇将(山田邦明)
長尾政景――越後上杉政権の要となった重臣(山田邦明)
直江景綱――越後上杉家の基盤を支えた重臣(山田邦明)
河田長親――謙信に見いだされた知恵と手腕(山田邦明)
山吉豊守――外交交渉で重責を担った謙信の側近(山田邦明)
鰺坂長実――分国に二人といない人と言わしめた切れ者(山田邦明)
本庄繁長――謙信に反旗を翻した阿賀北の雄(長谷川伸)
上杉景勝――幾多の困難を乗り越え、上杉家の礎を築いた名将(福原圭一)
上杉景虎――悲劇の最期を迎えた謙信の養子(福原圭一)
新発田重家――戦いに身を投じた〝逆心〟の将(福原圭一)
直江兼続――上杉家を支え続けた敏腕の知将(福原圭一)
神保長誠――流浪の室町将軍を越中で支えた管領畠山政長の執事(萩原大輔)
神保慶宗――越中守護畠山氏からの自立を目論んだ長尾為景の仇敵(萩原大輔)
神保長職――上杉謙信・武田信玄と渡り合った戦国越中の雄(萩原大輔)
椎名康胤――上杉・武田に翻弄された悲劇の武将(髙森邦男)
神保長住――織田信長によって擁立された越中神保氏最後の当主(萩原大輔)
神保氏張――主家を変えつつ戦国越中を生き抜いた旗本神保氏初代(萩原大輔)
菊池武勝――上杉・織田・佐々・前田を渡り歩いた国衆(大野究)
畠山義元――弟慶致との対立を乗り越え幕府の重鎮に(麦居和真)
畠山義総・義続――能登畠山氏の最盛期を演出した文人大名(麦居和真)
畠山義綱・義慶・義隆――名門能登畠山氏の終焉(川名俊)
遊佐続光・盛光――主家を滅亡に追い込んだ梟雄の虚実(川名俊)
温井総貞(紹春)・続宗・景隆――威勢を誇った畠山七人衆(川名俊)
長続連・景連――主家の滅亡と運命を共にした畠山氏重臣(川名俊)
甲斐常治――管領斯波氏家中随一の権力者(長谷川裕子)
朝倉孝景・氏景――幕府に認められる戦国大名(佐藤圭)
朝倉貞景・孝景――越前を治め国外への出兵を繰り返した父子(功刀俊宏)
朝倉宗滴(教景)――生涯現役の軍奉行(長谷川裕子)
朝倉義景――全国を股にかけた外交上手(功刀俊宏)
朝倉景鏡――越前戦国史のダークヒーロー(石川美咲)
朝倉景垙・景恒――非業の死を遂げた兄弟は愚者か(石川美咲)
堀江景実・景用・景忠――加越両国を股にかけた越前最大の国衆(角明浩)
前波吉継(桂田長俊)――主家を裏切った武将の悲しい最期(長谷川裕子)
溝江長逸・長澄――朝倉氏家臣から豊臣大名にのぼりつめた一族(角衣利奈)
山崎吉家――刀根坂に散った猛将(長谷川裕子)

1.本書の概要

内容に入る前に、まず戦国期の北陸地域に関する研究史について、本書と関わりの深い論点に限定して簡単に触れておきたい。

戦国期を象徴するキーワードとして「下剋上」があげられる。この語は高校日本史でも重要語句として扱われており、北陸地域においても、畠山氏・神保氏の主従対立や七頭の乱、加賀一向一揆、朝倉氏による越前支配、長尾為景の台頭などが、下剋上の事例として紹介されることも多い。

しかし、近年の研究の進展により転換が図られた箇所もある。たとえば、為景は勢力を拡大させる一方で、新たな守護の擁立や守護家の維持、さらには朝廷・幕府との関係形成にも積極的に取り組んでいたことが明らかになってきた。こうした研究は、戦国大名論や戦国期守護論などの権力の正当性をめぐる議論とあわせて、戦国期権力を捉えるうえで重要である。また、為景のような評価の見直しやイメージ転換がみられる例として、上杉謙信もあげられる。従来の「義人」「軍神」といった人物像に加え、藤木久志氏による「食うための戦争」という視点が提示され、その実像を多面的に捉える試みが進められてきた。

本書は、こうした研究成果を踏まえながら地域史料を用いて戦国期北陸の諸権力をわかりやすく整理しており、52名の武将を令制国ごとに取り上げている。すべての人物を紹介することはできないため、以下では筆者がとくに注目した箇所に触れながら、国別に内容を紹介したい。

2.越後について

おそらく本書を手に取った多くの読者は、上杉謙信の項に関心を寄せるであろう。もちろん、戦国史における謙信の存在感は大きく、本書でも多くの紙幅が割かれている。しかし、本シリーズの魅力は、必ずしも知名度の高くない武将についてもていねいに掘り下げている点にある。そこで本稿では、あえて謙信以外の人物に注目したい。

とくに興味深いのは上杉房定である。越後守護を継承した房定は、地域領主を率いて関東大乱に長期間参陣し、さらに大乱の終着点となった都鄙和睦の仲介を果たすなど、越後上杉氏の最盛期を築いた人物として描かれている。また国内支配においては、政務の審理・決裁に房定自身が中心的な役割を果たしていた点は注目される。

こうした対外活動と国内統治が可能であった背景には、房定が単に越後守護としての「正当性」を有していただけではなく、地域権力から頼られる存在であり、実際に問題を解決できる「実力」を備えていたことがあったと考えられる。暴力が前景化する戦国期において、守護権力が生き残りを図る姿を示しており、守護を旧態依然とした脆弱な存在としてのみ理解すべきではないことを、房定の生涯は教えてくれる。房定については、佐藤拓海氏の「越後守護上杉氏と京都・東国・奥州の儀礼秩序」が最新研究となっているため、是非ご一読いただきたい。

また、被官層に目を向けると、河田長親や鰺坂長実の事績からは、有能でありながら周囲から妬まれる「出頭人」の姿が浮かび上がる。なかでも、一向一揆との戦いに敗れた際の弁明書は、彼らの不安定な立場をよく示している。さらに、新発田一族の人物比定をはじめ、地域領主層に関する重要な指摘も多い。

本稿では触れられなかった武将については、本書とあわせて同出版社刊行の『上杉謙信とその一族』や『上杉景勝』を参照されると、より理解が深まるだろう。

3.越中について

ここでは神保氏の歴代当主がそれぞれ独立した項目として立てられ、丁寧に描かれている点が特徴的である。まず、畠山政長・尚順に仕え、足利義材の復権に尽力しながらも、最終的には対立に至った神保長誠の生涯から叙述が始まる。長誠の姓名の読み方といった一見些細ながら重要な問題への言及に加え、経済力・軍事力を背景とした「放生津幕府」の実態についても、最新研究を踏まえて分かりやすく整理されている。

また、神保慶宗の項では、本願寺・一向一揆勢力や長尾氏の軍事動員を背景に、北陸の政治情勢がいっそう複雑化していく過程が描かれる。なかでも長尾為景と慶宗の対立に至る経緯は、その後の上杉謙信による北陸出兵など、北陸四県の結びつきを考えるうえで重要な契機として興味深い。とくに注目されるのは、為景が父・能景の死に慶宗が関与したと糾弾した書状である。この書状の解説には一定の紙幅が割かれており、執筆者の萩原大輔氏がこの問題を重視していることがうかがえる。

慶宗は為景の攻撃によって戦死し、神保氏の勢力は一時的に衰退した。子の長職は能登畠山氏の支援や重臣層の補佐を受けながら勢力の再建を図るものの、椎名康胤との抗争、長尾(上杉)氏・武田氏・一向一揆との対立と融和、さらには家中の内紛によって次第に弱体化し、結果として上杉氏の勢力拡大を招くこととなった。

その後の越中は、織田氏と上杉氏の狭間で揺れ動くこととなる。神保氏の歩みは、戦国期の地域権力が直面した苦難を凝縮したかのような波乱に満ちており、本書の大きな見どころの1一つといえよう。

4.能登について

ここでは、能登守護畠山氏について、義元から義隆までの当主たちが取り上げられている。家督争いに加え、京都政界や長尾氏、一向一揆への対応に苦慮しながらも最盛期を迎え、やがて家臣団による「七頭の乱」を契機に衰退へ向かう複雑な過程が整理されている。

とりわけ、畠山義綱について二次史料で見られる「義則」表記を否定する見解や、畠山義慶と義隆を同一人物とみる説など、人物比定に関する研究が示されており、今後の畠山氏研究において重要な論点となるだろう。

さらに、畠山氏衰退の決定的契機となった「七頭の乱」については、中心的な役割を果たした遊佐氏・温井氏・長氏らが、それぞれどのような経緯で乱に関与し、その後どのような盛衰をたどったのかが描かれている。

能登は織田氏と上杉氏の境目地域となったことで、これら諸勢力の内部抗争はいっそう激化した。その様相は長氏の項で詳しく論じられており、戦国期の混迷を実感させる叙述となっている。

5.越前について

守護である斯波氏ではなく、甲斐常治から叙述を開始している。甲斐氏の出自は明らかではないが、初出史料や姻戚関係をもとにした常治の地位に関する考察、さらに長禄合戦が主従間の争いとなった背景について、宿老層と地域権力層の対立という視点から検討が加えられており、権力構造を考えるうえで重要な論点が提示されている。

常治の没後は朝倉氏が勢力を拡大し、義景ら嫡流と庶流のいく人かが取り上げられる。なかでも、朝倉宗滴の項では『朝倉宗滴話記』を素材として、宗滴が戦国という時代や戦国大名をどのように認識していたのか、また家臣団構造のなかで庶流出身者がいかなる立場に置かれていたのかを読み取ることができ、非常に興味深い。

さらに結びでは、朝倉氏滅亡という激動の局面において各人物がどのような行動を取ったのかが対比的に描かれている。その構成は巧みであり、各人物のその後の歩みを追うなかで、読者はあたかも1つの歴史物語を読むかのように引き込まれるだろう。学術成果だけではない歴史の醍醐味を感じられるのも本書の大きな魅力である。

冗長になってしまったが、以上を本書の内容紹介とさせていただきたい。

おわりに――本書の気になった点

最後に、本書を通読して気になった点を1つあげておきたい。それは、本願寺勢力の人物が独立した章として取り上げられていない点である。以前、本サイトにおいて同シリーズ『戦国武将列伝 別巻1 織田編』の新刊紹介でも、人物選定の基準についての問題点が指摘されている。もちろん、本書は「武将」の列伝をまとめたものであり、本願寺勢力を中心に据えることは、企画趣旨から逸脱する危険もあろう。また、紙幅の制約から、編者が立項する「武将」に苦慮したであろうことも容易に想像できる。

しかし、同シリーズ『戦国武将列伝7 畿内編【上】』では、下間頼秀・頼盛といった本願寺坊官や、杉坊明算・照算といった根来寺院家が取り上げられており、必ずしも宗教勢力が排除されているわけではない。さらに、本書で扱われる多くの武将の動向には、本願寺勢力との対立・融和が色濃く反映されており、その存在感の大きさを改めて感じさせる。そうした点を踏まえるならば、北陸戦国史を描くうえで、本願寺勢力の人物を立項してもよかったのではないかと思われる。

以上、やや「ないものねだり」になってしまったが、それをもってしても本書の意義や面白さは余りある。「はしがき」のように北陸は日本有数の酒どころであり、戦国武将の名を冠した銘柄も少なくない。酒を好む方であれば、越後から南へ向かって地酒を味わいながら、本書を片手に戦国北陸の世界へ思いを馳せてみるのも一興であろう。

【参考文献】
黒田基樹編著『中世関東武士の研究 第22巻 関東上杉氏一族』(戎光祥出版、2018年)
佐藤拓海「越後守護上杉氏と京都・東国・奥州の儀礼秩序―15世紀後半を中心に―」(『歴史学研究』1075、2026)
萩原大輔『中近世移行期 越中政治史研究』(岩田書院、2023年)
北陸中世近世移行期研究会編『地域統合の多様と複合』(桂書房、2021年)
長谷川裕子「越前朝倉氏にみる戦国武将の自他認識―『朝倉宗滴話記』が語る戦国社会―」(『戦国史研究』70、2015年)
藤木久志『読みなおす日本史 飢餓と戦争の戦国を行く』(吉川弘文館、2018年、初出2001年)
藤木久志『新版 雑兵たちの戦場―中世の傭兵と奴隷狩り―』(朝日新聞出版、2005年、初出1995年)
前島敏『戦国期地域権力の形成』(同成社、2024年)
松山 充宏「『放生津幕府』論 : 明応の政変と将軍足利義材の越中動座」(『富山史壇』200、2023年)
村井良介『戦国大名権力構造の研究』(思文閣出版、2012年)
村井良介『戦国大名論―暴力と法と権力―』(講談社、2015年)
山田邦明『上杉謙信』(吉川弘文館、2020年)