中央公論新社/2016年7月刊/新書判/301ページ/860円/ISBN:9784121023872

序章  武蔵とは何か
第一章 戦艦武蔵の建造
第二章 武蔵沈没
第三章 戦後の武蔵物語とその特徴
第四章 語り出す武蔵乗組員たち
終章  二〇一五年の武蔵 

2015年3月3日、それまで行方が分からなくなっていた戦艦武蔵の残骸が、フィリピン・シブヤン海沖の海底1000m地点にて発見されたとの一報が流れた。

同年、太平洋戦争の敗戦から70年の節目の年を迎えたことも相まってか本件は大きな注目を集め、当時サブカル分野で一時代を築いていたソーシャルゲーム『艦隊これくしょん』に登場するキャラクター“艦娘武蔵”に絡めたイラストも、少なくない数が制作・投稿された。本書の著者、一ノ瀬は、そうした世論の“武蔵”に対する受け止め方について、同艦に乗船していた猪口艦長以下1023名の戦死者や、「なぜ」“武蔵”は沈んだのかという視点のような、以前は“武蔵”について語るときに含まれていた要素が抜け落ちてしまっているとし、そうした状態を「“武蔵”はなにものでもなくなってしまった」と評する。

本書は、建造当時の背景や戦没までの記録、そして戦後、「武蔵」を題材にして制作された作品やその著者を取りあげることで、“武蔵”がいかにして語られ、そして「なぜ」「なにものでもなくなった」のかについて、分析した論稿である。

“武蔵”を語る言葉から当事者性が失われたのは、大きなターニングポイントがあったからではなく、世代を経て、徐々に戦争体験が失われていくに従い生じたことである。

戦艦武蔵に乗船し生還した渡辺清ら元乗組員による“武蔵”物語には、上官に対する反発や生き残ってしまった後ろめたさ、そして「自分たちはなぜ戦い、多くの仲間たちが死ななければならなかったのか」という意識を、上官や当時の最高責任者であった天皇に向ける意識が存在していた。しかし、戦争期を学生として過ごした吉村昭や、戦後生まれの手塚正己が探求しようとした“武蔵”像からは次第に失われ、「真実」を追い求めた彼らの姿勢は、時にそうした当事者の「証言」を切り捨てていったと一ノ瀬は指摘する。──「真実」と追及する姿勢が、「なぜ」や「戦争に対する意味付け」を失わせ、“武蔵”を「何ものでもなく」してしまったのだ──一ノ瀬が彼らに向ける視線は手厳しい。

そして、著者は2015年にふたたび時計の針を戻し、“発見”された“武蔵”に対する視点からは、もはや意味づけを行おうとする動きや、その先を超えた「天皇」に対する戦争責任を問う動きは失われてしまったと悲観的に述べる。そして最後に、敗戦に際して悲嘆にくれる医学生の手記を引用しつつ、「人が歴史に「なぜ」を問うのは、しょせん自らと同時代のそれに限ってのことであるにすぎない」と締める。

学術手法に通じていない素人からの意見になってしまうが、本書の分析手法はあまり客観的なものとは思えないものであるし、そこから導き出される結論に恣意性が見られる(吉村や手塚のスタンスや主張は、本書で批判されるほどに問題があるものなのだろうか)ところにも、批判の余地はあるだろう。

他方で、著者が指摘するように、従軍経験者がこの世を去ったことにより、戦争体験から主体性が失われ、それ以上に太平洋戦争自体についても語られることすら滅多になくなっていることは事実である。それは、上梓からさらに10年近くが経過した、2025年という時点で本書『戦艦武蔵』を評論するうえでは避けて通れない現実だ。

『艦これ』や後発の『アズールレーン』に代表される艦船擬人化ブームは下火となり、わざわざ調べようとも思わない限り、武蔵どころかその他の艦船や戦死者に関する話題に日常生活で触れることすら滅多になくなった現在では、歴史的な事実すらも継承することが困難になっているのだから、「意味づけ」など不可能な話とすら思えてしまう。かくいう私も、本書と出会ってから10年を経てもなお、「“武蔵”に対する意味づけ」など行えてはいない。それは結局、あくまでも歴史上の情報としか感じられない程度に、戦艦武蔵と私との間の断絶は大きいものであるからだろう。

強いて私が“武蔵”になにかを見出せるとするならば、単純な事実としてその存在を記憶し、可能であればなにかしらの教訓を見出す、という本書で批判されたような手法しか取りえないのではないかと考えているところである(現状、残念ながらそれはできていないが)。

付け加えるならば、渡辺清ら従軍経験者の“言葉”や、「真実」を追い求めた吉村・手塚の論考、そして本書のような、“武蔵”をもってなにかを語ろうとした人々の記録を継承し、誰かに影響を与えることを祈ることくらいだろうか。

本書を読み返すと、“当事者”ではない私が“戦争体験”を継承する難しさをあらためて感じた。であるならば、“なぜ”(≠本書の「なぜ」)武蔵は1944年のフィリピン沖で沈んだのか、もっと言うならば、あの敗戦を防ぐ手立てはなかったのかについて、意思決定の過程を検証し、それを今後の抑止策として確立することが、めざすべきものなのではないか。そう考えた次第である。

【付記】元乗組員やその親族による団体『軍艦武蔵会』が公開している戦没者名簿へのリンク(https://gunkanmusashikai.org/meibo.html)