天下一統を支えた人々
戦国の三英傑のうち、羽柴秀吉はもっとも低い身分の出身でありながら天下一統を達成した人物という点がほかの2人と比較して特筆される特徴といえる。この特筆性に加えて、秀吉が関白に任官したという点が征夷大将軍を首長とする通常の武家政権(幕府)との相違を強調し、豊臣政権の独自性を示しているとみなされがちであった。
ただし、近年の研究では武家政権はいずれも摂関家としての役割を果たしていたと指摘されており(樋口2021)、豊臣政権における関白職を過度に強調するべきではない。また、豊臣政権の性格を首長である秀吉の特徴のみに紐づけて解釈するのは、英雄史観の一種にすぎない(岸野2026)。
豊臣政権の性格について秀吉個人の特徴が強調されすぎている状況を是正するためには、政権に関わった秀吉以外の人物、具体的には羽柴氏一門・親類と秀吉の家臣たちの特徴を分析することが必要である。そのうえで、それらの特徴の総体として豊臣政権を捉えていくのである。
けれども、豊臣政権に関する主要人物の基礎的な動向については、日ごとに居所をまとめた『織豊期主要人物居所集成』(藤井編2024)があるくらいで、評価という点ではほとんどまとまっていない。本書は、こうした状況を一変する、今後の豊臣政権研究をするための基礎的な情報がまとまっている書籍といえる。以下、目次を確認したい。
羽柴秀吉――「日本小国には不相応の才人」と評された天下人(柴裕之)
羽柴秀頼――「未完の大器」の挑戦と苦悩(小川雄)
羽柴秀次――叔父の秀吉に生涯を翻弄された悲劇の関白(諏訪勝則)
羽柴秀長・秀保――豊臣政権における「一門筆頭の執政」とその後継者(柴裕之)
羽柴次秀勝――信長の実子にして秀吉の養嗣子(柴裕之)
羽柴小吉秀勝――江の夫として知られる第三の「秀勝」(木下聡)
小早川秀秋――羽柴家一門衆の栄光と苦悩(黒田基樹)
宇喜多秀家――秀吉の殊遇を受けた最年少の大老(森脇崇文)
京極高次――類まれな手腕を発揮した一族中興の祖(五十嵐正也)
杉原家次――秀吉を支えた親族にして有力家臣(堀越祐一)
浅野長政(長吉)・幸長(長継)――外交交渉や軍事作戦で活躍した秀吉一族(戸谷穂高)
青木重吉――秀長の与力から大名への飛躍(黒田基樹)
福島正則――数々の激戦で武功をあげた猛将(黒田基樹)
蜂須賀正勝・家政――秀吉を支えた父子二代の「蜂須賀小六」(森脇崇文)
竹中重治――天才軍師フィルターを外した半兵衛(石川美咲)
黒田孝高・長政――天下人を誠実に支えつづけた父子(諏訪勝則)
中村一氏――豊臣政権の要地駿府の城主となった歴戦の猛将(鈴木将典)
堀尾吉晴――秀吉・秀次・家康から信頼された智将(鈴木将典)
山内一豊――秀吉・家康のもとで功績をあげ、土佐藩初代藩主へ(平井上総)
田中吉政――人脈と手腕を駆使して成し遂げた大名への出世(山下智也)
加藤光泰――最前線と要地に配置された秀吉古参の家臣(平山優)
仙石秀久――牢人から大名へ復活を果たした勇将(鈴木将典)
加藤清正――権力闘争を生き抜いた秀吉子飼いの武将の筆頭格(山田貴司)
加藤嘉明――秀吉・家康に忠義を尽くした水軍の将(山内治朋)
藤堂高虎――羽柴秀長の家老から大身の領国大名へ(黒田基樹)
前田玄以・秀以――豊臣政権を支えた父子とその斜陽(伊藤真昭)
増田長盛――秀吉政権を左右できる実力を備えた側近家臣(石畑匡基)
石田三成――秀吉が見出した「才覚」(谷徹也)
長束正家――「滞る事なき」実務官(谷徹也)
大谷吉継――関ヶ原に散った「義の武将」の実像(北村太智)
小西行長――ヨーロッパに名声がとどろいた悲運のキリシタン武将(大浪和弥)
片桐且元――忠臣か裏切り者か(草刈貴裕)
蒲生氏郷――心みじかき春の山風(谷徹也)
長岡(細川)忠興――厳しい局面を乗り越えて家の存続を果たす(谷橋啓太)
池田輝政――大名池田氏一門の基礎を築いた「西国の将軍」(伊藤康晴)
本書の内容
立項されている人物は、大きく以下の4つに分類することが可能である。
- 羽柴氏(羽柴秀吉~小早川秀秋)
- 羽柴氏親類(宇喜多秀家~福島正則)
- おもに戦争の際に軍団長を務め、地域支配の要となった家臣(蜂須賀正勝・家政~藤堂高虎・小西行長・蒲生氏郷~池田輝政)
- おもに政権中枢で奉行・吏僚を務めた家臣(前田玄以・秀以~大谷吉継・片桐且元)
1は一昨年から急激に研究が進んだ人たちである。よく知られているように、今年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』の主人公が羽柴秀長(秀吉の弟)であったことで、秀長の研究が著しく進むとともに、秀長以外の秀吉一門の研究も進展したのである(黒田2025)。ただし、より大局的な研究史に位置づけるとしたら、中世後期における権威研究、とくに血統への注目(谷口2021)の流れに位置づけられるものといえるだろう。
個人的に興味を持ったのは、羽柴秀頼の項目である。まず、副題の「未完の大器」という表現がとてもよい。また、これまであまり注目されてこなかった事実として、慶長19年(1614)に前田利長に対して大坂城への出仕を命じていることに言及されている。前田利長はかつて五大老を務めた前田利家の子であり、利長への出仕命令は豊臣政権を復活させようとした目的があったといえるだろう。
『秀吉と豊臣一族研究の最前線』の新刊紹介(拙稿2026)でも言及したが、江戸時代初期の秀頼は有力な徳川氏の親類であった。また、片桐且元の項目でも言及されているが、そもそも家康が政権を樹立できたのは秀頼が幼少で政治能力がなかったことと、政権を支えるべき人材が関ヶ原の戦いで失脚してしまったからという要因が強かった。
さらに、当時の政権のあり方をみても、たとえば三好長慶が足利将軍を推戴しないで独自で畿内支配・朝廷庇護をしていた時期があっても、ただちに三好氏が天下人になったことを意味しているわけではない。実際には政治情勢の変化によって再び足利将軍を推戴する体制に戻ったのであり、室町幕府の滅亡はそれより後のこととされている。
こうしたことをふまえれば、家康政権はあくまでも家康個人が天下人になっただけで徳川氏全体が天下人になったわけではなく、かつ一時的な政権にすぎないという認識が当時あったとしてもおかしくはないだろう。とくに、羽柴氏の中にはそういう考え方があったのではないだろうか。
2は、直接的な秀吉との血縁はないものの、婚姻によって縁戚関係を構築した人たちである。このなかでは、浅野長政はこれまで五奉行だったことから4の1人として認識されることが多く、また福島正則は加藤清正とともにむしろ3の代表のようなイメージが一般的なものだったのではないだろうか。しかし、本書でも長政とほかの四奉行、また正則と清正が離れた別の場所で立項されているのは、こうした従来のイメージを払拭し、親類としての立場を鮮明化させる並びと捉えられる。立項の順番ひとつとっても、繊細さが求められていることをうかがわせている。
3・4については、従来は前者が武断派、後者が文治派とされ、両者の対立が関ヶ原の戦いにつながっていったと理解されていたこともあった。近年ではこうした派閥対立は否定されている(小川2023)。派閥対立がなかったのは近年の理解のとおりだろうが、政権内での役割分担はあったのではないだろうか。
というのも、たとえば武田氏などでは、戦国時代後期になると宿老は支城主となって遠隔地の支配と戦争の担当者になって領国全体の意思決定にはあまり関わらなくなり、当主側近たちの権限が増加していくことが知られている。また、江戸時代にも本多忠勝・榊原康政などのいわゆる「四天王」クラスの家は軍事を担当していてほとんど老中を輩出しておらず、老中は格の低い譜代大名が務める役割であった(山本2007)。したがって、豊臣政権における武断派・文治派も、対立はしていないとはいえ同じように(「武断担当」「文治担当」というように)理解することは可能であろう。
本書の課題
次に、本書の課題について。「織田編」の新刊紹介と同じように、取り上げられていない人物への注目になってしまうが、やはり豊臣政権を支えた存在のなかで二代巨頭というべき徳川家康と前田利家が立項されていないのは気になるところである。このうち、前田利家は「織田編」で取り上げられていたから「豊臣編」では分量の関係から削除せざるをえなかったという点は理解できるが、家康は「東海編」「織田編」ともに立項されていない。
「豊臣編」をもって戦国武将列伝シリーズは完結したとしているが、さすがに徳川家康がどこにも登場しない戦国武将列伝は画竜点睛を欠いていると言わざるをえない。ただし、無責任な言い方をすれば、将来的な「徳川編」を期待してよいという読者に対する暗黙のメッセージなのかもしれない。
また、本書では奉行層は立項されていたものの、その下で働いていた吏僚層、具体的には山中長俊・富田一白などは立項されていない。彼らについては、それだけで一冊企画できてしまうくらいの分量であるにもかかわらず、これまで研究がそこまで進展していないという問題がある。この点については、「織田編」の新刊紹介でも触れたように補遺編を期待したい。
最後に、研究は日進月歩であり、刊行されたばかりの「豊臣編」ですらすでに過去の研究になる可能性があることを指摘しておきたい。というのは、2026年9月に黒田基樹編著『羽柴秀次とその時代』(戎光祥出版、2026年)が刊行予定となっている。これまでの戦国大名の新研究シリーズでは重要な新知見がたくさん示されている。当然、『羽柴秀次とその時代』も本書にはない新知見が示されている。この点については、新研究の成果をまとめた一般書(たとえば中世武士選書シリーズなど)で羽柴秀次が取り上げられることを期待したい。
【参考文献】
小川雄「秀吉死後の政局と将軍就任」(黒田基樹編著『徳川家康とその時代』戎光祥出版、2023年)
岸野達也「『言経卿記』『兼見卿記』にみえる秀次」(黒田基樹編著『羽柴秀次とその時代』戎光祥出版、2026年)
黒田基樹『羽柴秀吉とその一族』(KADOKAWA、2025年)
谷口雄太『〈武家の王〉足利氏 戦国大名と足利的秩序』(吉川弘文館、2021年)
樋口健太郎『摂関家の中世 藤原道長から豊臣秀吉まで』(吉川弘文館、2021年)
藤井譲治編『織豊期主要人物居所集成 増補第3版』(思文閣出版、2024年)
山本博文『お殿様たちの出世 江戸幕府老中への道』(新潮社、2007年)
拙稿「【新刊紹介】河内将芳編『秀吉と豊臣一族研究の最前線』」(ゆまにすと、2026年、https://humaniste.jp/blog/vxjrb8tjn6)




